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令嬢、奪われる

「お久しぶりです、メイベル様」


 舞踏会の翌日に隣国で開かれた夜会で、ようやく私はエドヴァルドと言葉を交わせたのだった。


「お久しぶりです。昨夜はお疲れ様でした」


「ふふ、お気遣いありがとうございます」


 何がどうとははっきり言わずとも、エドヴァルドはすぐに意味を理解したようだった。


 結局、舞踏会では最初から最後まで彼がルナーティカと離れることはなく、私たちがダンスを踊ることもなかった。舞踏会の途中から猊下が彼女の様子を見に訪れたため、エドヴァルドは完全に逃げられない状況になっていたのである。


 今日は同盟国の参加者ばかりの気軽な夜会であるため、ゆっくり話せるだろう。そう思いながら、私は口を開いた。


「ところで、他国の視察はいかがでしたか?」


 エドヴァルドとしばらく会えなかったのは、視察が理由であった。カルダニアは国境を接する国々とは友好な関係を続けているものの、今後は遠方の国とも親交を深めていく方針のようで、視察はその一環という訳である。


「ええ、とても勉強になることばかりでした。どの国の王室の方も親切な方ばかりで、色んなことを学ばせていただきました。あと、お土産もいくつか買って来ましたので、また後日贈らせていただきます」


「まあ、楽しみですわ」


「いた、エドヴァルド様!!」


 突然、可愛いらしい声が、エドヴァルドを呼んだのだった。


 その声の主は、ルナーティカであった。どうやら彼女も、この夜会に招待されていたようである。


「ご機嫌よう、エドヴァルド様。昨夜はありがとうございました」


 彼女はそう言って、照れたようにエドヴァルドに笑いかけた。


「とんでもないことです、ルナーティカ様。こちらこそ、ありがとうございました」


 よそ行き用の笑顔を浮かべて、エドヴァルドは応えを返した。


 夜会では、身分の高い者から話しかけるのがマナーである。つまり、ルナーティカに声をかけられない限り、私は彼女と話すことは許されない。通常ならばここで彼女から私に話しかけてくるものだが、恋する乙女に私は、見えていないらしい。


「ねえ、エドヴァルド様。先日まで視察に行ってらしたとお聞きしました。ぜひ、お話を聞かせて下さらない?」


 ルナーティカは、エドヴァルドと‘‘二人’’の会話を始めたのだった。


「ええ、もちろんでございます」


 そう言いながら、エドヴァルドは私に視線を向ける。それとなくルナーティカに私の存在をアピールしてくれたのだが、彼女がそれに気づくことはなかった。


「嬉しい!! エドヴァルド様のお話、たくさん聞きたいですわ」


(彼のことを王族の敬称抜きに呼ぶのは、わざとかしら?)


 心の中でモヤモヤとした感情が渦巻いていく。しかし、ルナーティカは私を見ることすらなく、もはや空気として扱っていた。まだ夜会慣れしていないか、悪気はないが鈍い性格なのかもしれない。


 こうなってはどうしようもない。私はエドヴァルドに目配せして、この場を離れることにした。


 胸の奥に芽生えた黒い感情。それは、取り巻きの令嬢たちには抱かなかったものであった。


+


「エドヴァルド様!!」


 可愛らしい声が彼の名前を呼ぶたび、私はまたかと内心ため息をついた。


 夜会や舞踏会で、ルナーティカは必ずエドヴァルドに真っ先に話しかけるようになっていた。どうやら、彼のことをすっかり気に入ってしまったようである。


 先に私がエドヴァルドと話していても、構うことなく彼女は話に参加してくる。そして追い出される形で、私はその場を離れざるを得なくなるのだ。


 最初は我慢していたものの、私は次第にトンビに獲物を横取りされたような腹立たしさを抱くようになっていた。それもあり、わざと遅れて夜会に参加することもあった。二人の歓談が終わりがけのタイミングで来れば、ストレスも軽減されると思ったのだ。


 しかし、会場に到着してエドヴァルドとルナーティカが話しているのを見るのは余計に腹が立つ。それに、私が見ていないところで彼女が彼に変なことをしてないかという無駄な心配も生まれる。結局私は、エドヴァルドを一旦取られることを我慢することにしたのだった。


「今日は、少し髪型を変えてきましたの。似合ってますか?」


 ルナーティカが話し始めたタイミングで、私はそっとエドヴァルドの傍から離れた。ここからは、‘‘我慢の十分間’’である。


「おや、メイベル様」


「あら、グロウ様。ご機嫌よう」


 バルコニーで時間を潰そうかと思っていた矢先、グロウが私に話しかけてきたのだった。


 ルナーティカが現れてから、エドヴァルドと離れた後に話しかけてくるのは、必ずグロウであった。


「最近よくお会いしますわね」


「そうですね。……また、彼女が?」


「ええ、そうですの」


 ルナーティカの方をちらりと見て、私は頷いた。エドヴァルドが彼女のお気に入りとなったことは、もはや有名な話となっていた。


 傍から見れば二人は、歓談を楽しむ美男美女だ。恋人同士と言っても皆が納得するだろう。それ程に、彼らは誰がどう見てもお似合いの二人なのであった。


(……私が隣にいるより、ずっと絵になるじゃない)


「メイベル様。よろしければ、バルコニーに移動しませんか? 気分転換に夜風に当たるのもよろしいかと」


「ふふ、そうしましょうか」


 グロウに連れられ、私はバルコニーへと向かった。バルコニーと広間はガラス扉で隔てられているものの、室内の様子は見れる。だから、エドヴァルドたちを見れる範囲でのいい休憩場所であった。


「お疲れでしょう、こちらをどうぞ」


「ありがとうございます」


 グロウはメイドに声をかけ、氷水の入ったワイングラスを二つ受け取った。それから、片方を手渡してくれたのだった。


「人生でたったの十分がこんなに長く感じることがあるなんて、思いませんでしたわ」


 水を一口飲んでから、私はぽつりと呟いた。


 夜会では、短すぎる歓談は相手に失礼とみなされる。そして十分程度話せば、失礼にはならないとされていた。そのため、ルナーティカときっかり十分話してから、エドヴァルドは私の元へやって来るのである。


 それは短いようで、私には長い時間に感じられた。


「時計を出しておきましょうか」


「お気遣い、ありがとうございます」


 グロウは上着のポケットから懐中時計を取り出し、私に見えるように差し出してくれたのだった。


「そう言えば。私の父が、近いうちにそちらに遊びに行くそうです。公爵閣下と久しぶりにお会いしたいとのことで」


「まあ、そうですの?」


「はい。新しい論文を書き上げたらしくて、誰かに読んで欲しいみたいです。本当に、困った人だ」


「ふふっ」


 親が友人ということもあり、グロウとの雑談は話題が尽きることはなかった。そして宰相閣下と同じく彼も賢い人なので、会話していてもまったく飽きないのである。


 とはいえ、彼が女性と話しているところをあまり見たことがないので、時折心配にもなるのだった。


「その……グロウ様。お気遣いいただけるのはとても嬉しいのですが、たまには他の方とのお話しも楽しまれても良いのではないでしょうか?」


「いえ……私は、貴女以外にさして興味はございませんので」


「……え?」


「失敬、何でもございません。私の話す話題は、ご令嬢たちからすれば退屈なようですので」


 そう言って、グロウはワイングラスを傾けた。


 優秀な人間であればある程、相手に求めるものも大きくなる、といったところか。偶然にも私は、父親の影響で植物の研究などについて少し分かる、それだけのことである。


(彼の心を射抜くのは、どんなご令嬢なのかしら?)


 そんなことを考えていると、グロウは懐中時計を指さしたのだった。


「十分経ちましたね。少しは休憩できましたか?」


「はい。ありがとうございます」


「それは良かった」


 彼と共に広間へ目を向けると、エドヴァルドがルナーティカと別れて、こちらへ歩いてくるところであった。


 しかし名残惜しいのか、エドヴァルドが歩き出した途端、ルナーティカは小走りで彼に駆け寄った。そしてそのまま、彼女は転けてしまったのである。


 エドヴァルドは反射的に彼女の身体を支えた。それは一瞬、恋人同士が抱きしめ合うかのような体勢となったのである。


 それを見た瞬間、自分の中で何かが爆発するのを感じた。


(私のエドヴァルドに、触らないで!!)


 そんな叫びが耳元で聞こえたと思ったら、硝子が激しく割れる音が聞こえてきたのだった。


「きゃぁぁぁぁ!!」


「何だ、突風か!?」


 招待客たちの悲鳴でハッと我に返ると、私とグロウのワイングラスが粉々に砕けていた。見れば、ガラス扉のガラスも、室内にいる客たちの持っていたグラスも、全部が割れてしまったようだ。


 訳が分からず立ち尽くしていると、エドヴァルドが慌ててバルコニーへと走って来たのだった。


「メイベル様、お怪我はございませんか!?」


「は、はい。私もグロウ様も無事ですわ」


「良かった……とりあえず、広間に戻りましょうか。ここはガラス片が飛び散っていて危ないので」


 私の腰に手を添え、彼はゆっくりと歩き出した。


 グラスが割れた時、風はまったく吹いていなかった。けれども、あらゆるガラスが割れてしまったのである。得体の知れない気味悪さに、知らぬ間に私の身体は震えていた。


「ご安心ください。私が付いておりますので」


「……エドヴァルド様。ありがとうございます」


 彼の言葉を聞いて、私の中の恐怖心は和らいでいったのだった。


 しかし。そんな私たちを、広間で待ち受けている人物がいた。……ルナーティカである。


「……エドヴァルド様」


「ルナーティカ様?」


「私を置いて他の方のところへ走って行くだなんて。あんまりですわ」


「……彼女は私の大切な友人ですので」


「お話しする時だって、いつも私は少ししかお時間いただけませんのに……っ」


 そう言った途端、ルナーティカの瞳からは大粒の涙が零れてきたのだった。


「うっ……酷い、あんまりですわ……っ、ううっ」


 彼女は、とうとう泣き出してしまったのである。


「エドヴァルド王太子殿下」


「っ……教皇猊下」


 先程まで別のところにいたであろう教皇猊下が、ルナーティカの隣へとやって来た。


「これはどういうことなのか、ご説明いただこうか」


 憤怒の表情を浮かべて、教皇はそう言ったのだった。

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