令嬢、邪魔される
馬車での一件から一夜明け、私はすっかり頭を抱えていた。正直、昨夜は一睡もできていない。
あのあと、エドヴァルドはカルダニア王宮に着くまでしばらく寝ていた。そして何事もなかったようにおやすみと言って、私たちは別れたのだった。その時は混乱のあまり一周まわって落ち着いていたが、時間が経つにつれてじわじわと恥ずかしさが込み上げてきたのである。
(……でも。エドヴァルド様と触れ合うのは、まったく嫌じゃなかったわ)
忌避するどころか、私はエドヴァルドに対して、雄の魅力を感じていたのだった。
(いけない。変なことを考えてたら、顔に出てしまうわ)
今日でちょうど、彼と友達になって三ヶ月が経過した。少なくともあと三ヶ月は友人という清らかな関係でなければならないので、いやらしい考えは頭から叩き出さなければなるまい。
今日、大国ラフタシュの王宮で開かれるガーデンパーティーでは、またエドヴァルドと顔を合わせることになる。正直、どんな顔をして会えば良いのかがまったく分からなかった。
とはいえ、当日に無断欠席などできる訳もなく。私は辛うじて身繕いをして、馬車に乗り込んだのだった。
移動の途中、私は手鏡を見て何度も自分の表情を確認していた。彼と何かあったと周りに気づかれないか、不安で仕方がなかったのである。
「いかがなさいましたか? メイベル様」
「い、いえ……何でもないわ」
手鏡を覗き込む私に、キーラが心配そうに声をかけた。
「ご安心ください。化粧も御髪もドレスも、とっても素敵に仕上がってますわ。きっと殿下も、気に入ってくださるに違いありませんもの」
「……あ、ありがとう」
(私としては、このまま走って逃げたいのだけれども)
そんな本音を口に出すこともなく。馬車は順調にラフタシュへと向かっていくのだった。
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ラフタシュ王宮の庭園に着くと、庭園はすでに大勢の招待客で賑わっていた。今回の立食形式のガーデンパーティーは国内外の貴族令嬢、令息の懇親を目的とした会のため、来ているのは若者ばかり。庭園には、溌剌とした話し声が響いていた。まさに、若葉の季節にぴったりの催しである。
主催者であるラフタシュの王太子に挨拶したあと、私はエドヴァルドを探し始めた。そして人混みを掻き分けるようにして、ようやく彼を見つけ出すことができたのだった。
しかし。エドヴァルドは珍しく、男女複数人のグループに入って会話をしていたのだった。彼らはみな華やかに着飾っており、良家の子女であるのは明らかであった。
雰囲気に圧倒されて声をかけるのを躊躇っていると、エドヴァルドから私に話しかけてくれたのだった。
「おや、メイベル様。こんにちは」
彼の一言で、輪を作って歓談していた令息や令嬢の視線が一斉に私に向けられた。私が挨拶しようとすると、それより先に一人の令嬢が口を開いたのだった。
「もしかして、貴女も殿下の‘‘お友達’’?」
「は、はい」
「あら、奇遇だわ。私たちと同じね」
にこやかに言ってはいるが、令嬢たちの言葉が見えない棘をまとっていることに、私はすぐさま気づいた。
どうやら彼女たちは、私を敵と認識しているらしい。
「せっかくですので、メイベル様もご一緒にお話ししませんか?」
「あ、ありが……」
「さすが殿下、お優しいですこと」
私が言い終わるより前に、また別の令嬢に言葉を被せられた。驚いていると、彼女らは私に挨拶し始めたのだった。
「申し遅れました。私、カルダニアのエマヌエル公爵が娘、フィリスと申します」
「私はロマノワのフェルディナント伯爵が娘、ホーリィと申します」
「私は……」
令嬢たちは揃いも揃って、大国の良家の子女ばかり。私とはまったく住む世界が違う……もっと言えば、親の承諾なしにエドヴァルドと友達になれるような子たちばかりだったのである。
そんな中に、小国の小娘が一人放り込まれて馴染めるはずもなく。
「殿下は乗馬が趣味でいらっしゃるの? 私もです。ぜひご一緒させてくださいな」
「今度我が国の王宮で開催される舞踏会にも、参加いただけるとお聞きしましたわ。ぜひ、私とも踊ってくださいな」
令嬢達の圧に押され、結局私は最後までエドヴァルドと一度も話さずに終わったのである。
+
ガーデンパーティーが終わり帰宅する直前、エドヴァルドが連れていた執事が私に一通の手紙を渡してきたのだった。
「こちら、殿下からお預かりしております。どうぞ、後ほどお読みいただけますと幸いでございます」
「分かったわ、ありがとう」
馬車に乗り込んでから、私は早速封筒を開けた。すると、いつもエドヴァルドがつけている香水の香りがふわりと広がった。心做しか、先程のパーティーの最中よりも彼の存在を近くに感じられた。
そして手紙を読んで、私はようやくガーデンパーティーでの一件を理解した。
今までエドヴァルドは一人も女友達を作っておらず、婚約者の座を狙う令嬢たちは、彼とお近づきになれる機会を虎視眈々と狙っていたらしい。つまりは、私の知らぬところで水面下の戦いを繰り広げていた訳だ。
しかし彼は、突然メイベルという小国の小娘を女友達とした。その報せを聞いて焦った令嬢たちは、みんな一斉にエドヴァルドに友達になるよう申し込んだようだ。女性と話すのは苦手なのでと、彼はやんわり断ったのだった。
だが、話はそこで終わらなかった。彼女らは親を通して、エドヴァルドと友達になりたいとカルダニア王宮あてに手紙を送ったのだ。当然、親まで動いたとなれば、彼も無下に断ることはできない。
また女性が苦手ならば、男女混合のグループならば話す練習ができるのではと言って、彼女らはエドヴァルドに話しかける時は、自らの兄や弟を引き連れてくるのだという。つまりは、今日のガーデンパーティーの会話の輪もそのように形成されたらしい。
察するに、今まで敵対していた令嬢たちは、メイベルという共通の敵を前にして共同戦線を張ったようだ。彼女たちからすれば、まずはみなで協力して私を脱落させ、あとで再び、婚約者の座を争うつもりらしい。
(……これは、大変なことになったわ)
想定外のおじゃま虫の登場に、もはや笑うしかなかったのは、言うまでもない。




