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彼女との再会

 それからというもの。私はアルビナのことをひたすらに想い続ける日々が続いた。


 王宮に来たということは、良家の令嬢に違いない。ラティスラに住んでいるならば、また会える可能性は高い。しかし、国外から来ていたならば、再び見かけるのすら何年後のことかも分からない。


(国内外の貴族が集まる大きなイベント……なんでもいいから、開催されないかな)


 そんなことを、密かに頭の中で願う程にまでなっていた。初恋とは恐ろしいものである。とにかく、彼女にもう一度会いたくて仕方がなかったのだ。


 そしてアルビナとの再会は、本当に突然のことであった。


 その日、私はいつものように書庫で本をを選び、自室で読んでいた。数冊読みたいものがあったが、持ってきたのは一冊だけ。一冊ずつ運ぶならば、その分廊下を往復することができる。つまり、彼女を見かけるチャンスが増えると考えたのだ。


 それまでは、悪童たちに会いたくないためなるべく部屋から出ないようにしていた。しかし、陰口を叩かれるリスクを増やすこととアルビナに会える可能性を増やすことを天秤に掛けた結果、圧倒的に後者が勝ると判断したのだ。


 とはいえ。残念ながらその日は、廊下を往復してもアルビナには会えなかった。渋々私は、選んだ本を自室で読むことにしたのである。


 すると、本を半分程読み終えたところで、扉をノックする音が聞こえてきたのだった。


 メイドはついさっき紅茶を持ってきてくれたばかりなので、おそらく使用人ではない。ユリウスや国王も、この部屋に来ることはありえないことだ。


 不思議に思って扉を開けると、そこにはアルビナが立っていたのだった。


「あら。ここって、貴方のお部屋だったのね」


「あっ、あっ、アル……っ、アルビ、ナ様!?」


 突如現れた想い人を前にして、私は名前すら満足に呼べない有様であった。顔が熱くなり、鼓動も早くなり、もはやパニックに陥っていたのだ。


「ど、っ、どうして、こんなところに!?」


「何かね、ここに来たら面白いものが見れるって聞いたから、来てみたのよ」


「……」


 面白いもの。それは自分のことを指しており、彼女にそれを吹き込んだのが悪童たちであるのは明白であった。


 やはり彼女から見ても、自分は見世物小屋の珍獣のような存在なのだろうか。そう思った矢先、アルビナが口にしたのは意外な言葉であった。


「ねえ。ほっぺた真っ黒だけど、どうしたの?」


「えっ、あっ!?」


 私は慌てて左頬を隠したが、もう遅かった。


 左目は近視だけでなく、遠視と乱視も併発していた。しかし、片眼鏡は近視のみに対応しているものであった。そのため、読書するには左頬がつくほど本に顔を近付けなければならなかったのだ。


「……もしかして、本読んでたの?」


「……はい。お恥ずかしながら、顔を近づけなければ読めないものでして」


「仕方ないわね。じゃあ、私が読んであげる」


「はい……って、え!?」


「そういう訳だから。部屋お邪魔していいかしら?」


 アルビナに押されるように、私は彼女を部屋に招き入れた。メイドに彼女の分の紅茶を頼んでいると、アルビナは口を開いた。


「それで、貴方のお名前聞いてなかったわね。何ていうの?」


「い、イヴァンと申します」


 本来ならば国王の庶子だとか、そういった自らの身分も明かすべきだろう。だがそれすら恥ずかしくて、私は名前だけを名乗ったのだった。


「ふふっ、よろしくね」


 しかし、アルビナがそれ以上のことを聞いてくることはなかった。代わりに、私に対して屈託のない笑顔を向けたのである。


「どこまで読んだの? あ、この本、読んだことあるわ。面白いわよね」


 私がその日選んだのは、天体観測に関する本であった。数十冊に及ぶシリーズとなっており、最終巻まで読むのを目標としていたのだ。


「貴方も星が好きなの?」


「……は、はい」


「あら、私もよ」


 ラティスラでは年に一回、流星群を見ることができる。それもあり、自分にとって星は身近な存在であった。移動の制限がある中で、バルコニーから夜空を眺めることは私の数少ない楽しみだったのである。


 どこまで読んだかを教えると、アルビナは私の隣に座り、本を音読し始めたのだった。


「天体観測をする上での注意点としては……」


 幼いながらも芯の通った声が、部屋に響く。本の内容に集中しようとするものの、全く頭に入って来ない。そして無意識に、本ではなく音読するアルビナの方に顔を向けていた。


 眉毛は上がり気味のストレート眉で、意志の強さを感じさせる。しかし、その下にある長い睫毛は下がり気味であるため、瞳に被さるように影を作っている。それはほんの少し、憂いを感じさせた。そして高い鼻を上から下まで視線でなぞると、形が良く薄い唇が見えたのだった。


 その美しい顔立ちは、まるで人形のようにも感じられた。


「どうしたの?」


「い、いえ!! 失礼しました!!」


 紅茶を飲みながら読書と雑談をしていると、ドアをノックする音が聞こえてきたのだった。


「アルビナ様、そろそろお時間ですので」


 扉を開けてそう言ったのは、彼女に仕えているメイドであった。どうやら、部屋の外で控えていたようだった。


「分かったわ。じゃあね、イヴァン。また来るわ」


「そ、そんな……失礼ですが、ここに来ても大して面白くもないでしょう?」


「何言ってんの。他人の悪口や下らない噂話なんかより、貴方といるほうが、ずっと楽しいもの」


「え? あっ……」


「じゃ、ごきげんよう」


 そう言って、アルビナは颯爽と立ち去ってしまったのである。

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