彼女との出会い
私の母親は元々、ラティスラ王宮でメイドとして働いていた。その後、時の国王に見染められ、愛妾となったのだという。
しかし母は、私を生むと同時に亡くなってしまう。国王は私に王宮に住まうことを許したものの、顔を合わせたことは人生で数回だけであった。
私が生まれた時、国王は王妃との間に男児を二人もうけていた。世継ぎがいなかったならば、愛人を作ったことも子を成すためと理由付けができる。
だがしかし、私はそうではない。自分が男の一時的な性的欲求により生まれたことは、誰から見ても明らかなことであった。
自らのことが汚らわしく感じられて、私はずっと自分のことが嫌いだった。
そんな自分にできることは、王宮という名の広い檻の中で、朽ち果てるのを待つことのみ。なぜなら、ラティスラでは自殺は殺人に次ぐ重罪とされていたからだ。自らが置かれた立場を理解するのに、さほど時間はかからなかった。
真っ暗な洞窟をただ歩き続けるような日々。しかし何の面白みもない人生に光を与えてくれたのが、アルビナだったのである。
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「何だあれ、爺さんじゃねえんだから」
「眼鏡掛けてるなんて、だっせえの」
親に連れられて王宮の茶会に来る悪童たちは、私を見かけるたびにそう言って嘲笑った。
生まれた時から私は、進行性の眼病を患っており、いずれ全盲になると宣告されていた。右目はまだ正常だったものの、左目は物心つく頃には視力が下がり始めていた。そのため私は、片眼鏡をかけることを余儀なくされていた。
子供からすれば幼くして眼鏡を掛けているのは、奇異である他ない。私はすっかり、笑い者となっていたのである。
悪童の戯言など、無視すれば良かったのかもしれない。しかし、子供の頃の自分はそこまで大人な考え方ができなかった。次第に、自分の部屋から出る時は片眼鏡を外すようになっていたのである。
とはいえ。両目で視力に大幅な差があると、視界はぼやけてしまうものだ。ぐらつくような違和感に耐えながら王宮の廊下を歩くのは、難しいことであった。
その日も、私は意地を張って眼鏡をかけずに廊下を歩いていた。書庫にある本を読むのが日課だったのだが、書庫から自分の部屋までは長い廊下を歩かなければならなかったのだ。
人にぶつからないように、廊下を移動する際は、敷かれた絨毯に描かれた直線の模様を歩いていく。いつの間にかそれが癖となっていた。
しかし、その日は風邪をひいていたこともあり、いつにも増して足取りがふらついていた。そして、すれ違いざまに‘‘誰か’’にぶつかってしまったのである。
自分が早足で歩いていたせいで激しくぶつかり、私も相手も尻もちをついたのだった。
「っ、申し訳ございません!!」
「……っ、ちょっと、気をつけなさいよ」
背丈と格好、そして声からして、相手は自分とさほど年の変わらないご令嬢のようだった。
やってしまった、と思い、サッと血の気が引いていくのを感じた。
「た、大変失礼しました……っ、お怪我はございませんか?」
「私は大丈夫だけど。もしかしてこれ、貴方の眼鏡?」
そう言って、相手は床に落ちた片眼鏡を拾って言った。察するに、ぶつかった時に私のポケットから落ちたのだろう。
「……はい、仰る通りでございます」
ぼやけた視界では、令嬢の表情は分からない。彼女も悪童たちと同じく、自分を小馬鹿にしているのだろうかと思うと、気が重くなるのを感じた。
「金具がこっちってことは……左目用ね」
「え、あっ……」
あろうことか、令嬢は片眼鏡をハンカチで軽く拭いたあと、私にかけてくれたのだった。
正常な見え方となった視界に映ったのは、意志の強さを感じる眼光の鋭い瞳。その美しさに、私は幼いながらも心を奪われてしまったのである。
「はい、できたわよ」
名も知らぬ令嬢は、そう言って満足気に笑った。その笑顔を見て、私は心臓がどくりと跳ねたのである。
「何をしてるんだ、アルビナ。早く来なさい」
大分離れたところにいる彼女の両親は、厳しい口調でアルビナを呼び寄せたのだった。
「は、はい!! じゃあ、気をつけなさいね」
「あっ……」
私が礼を言うより先に、アルビナは行ってしまったのである。
「早くしないと、置いてくぞ?」
「待って、お父様、お母様!!」
艶のあるコーヒー色の髪が揺れる後ろ姿を眺めながら、私は何も言えずにいた。七歳にして、今まで経験したことのない胸の鼓動を感じていたのだ。
(アルビナ様……とっても美しくて、お優しい方)
これがアルビナとの初めての出会いであり、今思えば、私が初めて恋に落ちた瞬間であった。




