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明かされた想い

「手術が無事に終わって良かったわ。頑張ったわね、マリー」


 ベッドに寝るマリーの頭を撫でながら、私は彼女に笑いかけた。


「気分は悪くない? 麻酔はまだ効いてるとは思うけど」


「今のところは大丈夫。ただ、痛みが強くなってきたら飲む痛み止めをお医者様からいただいたんだけど……麻酔ってどのくらいで切れるのかしら」


「そうね、あと数十分くらいは大丈夫だろうけど、早めに飲んでおいた方が良いと思うわ。お薬だってすぐ効いてくれる訳じゃないしね」


 ベッドの横に置かれたクマのぬいぐるみを座らせ直しながら、私はそれとなくアドバイスした。


 実は私も、前の人生で目の手術を経験している。その時も痛み止めが処方されたのだが、麻酔が完全に切れてから飲んだためしばらく痛みでのたうちまわっていたのだ。当然、妹にはそうなって欲しくない。


「だったら……今飲んでおこうかな」


「分かったわ、ならお白湯かお水を持ってきてもらいましょうか。どっちがいい?」


「じゃあ、お水で」


 メイドに水を持ってきてもらい、マリーは錠剤を飲んだ。それからすぐ、ウトウトし始めたのだった。


「ふふ、痛み止めは眠くもなるから、しばらくゆっくり休んでちょうだい」


「うん……おやすみなさい、お姉様」


「おやすみ、マリー」


 妹を寝かしつけてから、私は寝室を後にしたのだった。


+


「いやはや、本日はありがとうございました」


「いえいえ、とんでもないことです」


 マリーが寝ている間、私は両親と兄上、そして手術を担当した医者のリュダと食堂でお茶をしていた。


 リュダはハリーストの町医者だが、名医として国内外で有名である。今回彼に手術を依頼したのも、その腕を見込んでのことであった。


 また、彼は医学博士でもあり、あらゆる治療法を確立していることでも知られていた。今回マリーが受けた手術も、新薬により目の細胞を再生させるという彼が開発した治療法であった。


「まさか、眼球移植以外の方法で治るなんて、本当に信じられませんでした」


 実はマリーが手術を怖がっていたのは、それが理由だった。


 従来の医療技術だと、彼女の病気は眼球の摘出と移植でしか治らないものであった。身体の一部を失い、他人の身体の部位を貰い受けるというのを、マリーはとても嫌がっていたのだ。


「そんな、医療の研究については私だけの力ではございませんので……しかし、良い時代になったものです」


 リュダは紅茶を一口飲んでから、ぽつりと呟いた。


 不意に、私はその顔に見覚えがあることに気づく。しかし、彼とは確実に初対面であった。


 不思議に思っていると、リュダは言葉を続けた。


「実は今回使った治療法は、私の父が研究を始めたものなのです。当時は今ほど技術も発展していなかったので、何もかも手探りだったと聞きました」


「ほう……そこまで研究に情熱を傾けるきっかけが、何かあったのでしょうか?」


「はい。とある患者様を担当したことで、研究を決意したそうです。誰かを犠牲にして、誰かを助けるようなことは止めたいと」


「ちなみに、どんな方だったのですか?」


 何気なく聞いてみると、信じられない言葉が返ってきたのだった。


「私の父は、ラティスラという国で医者をしていたのですが……」


 ラティスラ。それは、イヴァンとアルビナの祖国であった。


 そして、私はようやく気づいたのだ。アルビナの手術を担当したのは、リュダの父親であることを。


「詳しくはお話できませんが……父はそこで、ガラス片が目に入り失明しかけた患者様と出会いました。無論、移植しか治療の選択肢はありませんでした」


「……ほう」


 遠き日の記憶が、だんだんと蘇っていく。


 ユリウスと結婚したあと、私は夜会でワイングラスを割った。その時の破片が、偶然目に入ってしまったのである。そしてリュダの父親から、私は眼球移植を勧められたのだった。


「しかし、患者様は移植をお断りされました。当時はご遺体から部位をいただくことはできず、生きている提供者からしか移植はできませんでした。それは、誰か一人の人生を犠牲にすることとなる。だからできない、と」


 そう。あの日私は、医師の提案を断ったのだ。それは片目と言えど、視力が奪われることでいかに苦労を強いられるかを間近で見てきたからである。


「そして、患者様は眼球の摘出と義眼の作成のみをご希望されました。しかし……患者様に片目を提供したいと申し出た方がいたのです。何とかして、患者様を助けて欲しいと」


「それは、ご家族ということでしょうか?」


 兄上の問いに、リュダは首を横に振った。


「いえ、患者様の昔からの知人とお聞きしております」


 その一言を聞き、私はぞくりと鳥肌が立つのを感じた。


 なぜなら。その時私は、リュダの父親から提供者は死期の近い老人と聞いていたからだ。死ぬ前に人の役に立ちたいと熱望しており、どうかその気持ちを受け取ってはくれないかと言われたのだ。そして私も、了承したのだ。


 そんなことを言う昔からの知人など、一人しか思い浮かばなかった。


「故あって、自分が提供者であることは本人に明かせない。しかし自らを犠牲にしてでも助けたい、金銭も何もいらないと、その方は仰ったそうです」


「……」


「結局父上は移植手術を行ったものの、二度とこんなことをしたくないと思ったそうです」


 私が目の怪我をして手術を受けたのは、エリザを生んだあと……つまりはイヴァンを裏切ったあとのことだ。となると、彼は裏切られてもなお、私を助けようとしたと言うのか。


「おや、だいぶ長居してしまったようです。それでは、また三日後に経過確認をさせていただきます」


 私の胸に、とてつもない罪悪感と恐怖感が訪れたのだった。


+


「庭のアネモネが見頃を迎えておりますので、一緒に見に行きませんか?」


 次の日。私はカルダニアの王宮を訪れていた。三度目の面会も、王宮で行うことになったのだ。エドヴァルドと顔を合わせると考えただけで気が重かったけれども、迷っている間に当日となってしまったのである。


 私とエドヴァルドはお茶をしてから、庭園にある池の畔まで散歩をすることになった。彼の言ったとおり、池の周りには色とりどりのアネモネが咲いていた。


「よろしければ、ボートに乗ってみませんか? 私が漕ぎますので」


「じゃあ……お言葉に甘えて」


「ふふ、それでは、お手をどうぞ」


 用意されていた木製のボートに、まずエドヴァルドが乗り込む。そして彼に手を取られる形で、私も乗り込んだ。ボートに足を踏み入れた途端にぐらりと揺れたものの、彼はしっかり私を支えてくれたのだった。


 エドヴァルドがオールを漕ぎ、ボートが池を進んでいく。透き通った水の中には、魚が優雅に泳いでいる。美しく咲く花や舞うように泳ぐ魚達を見て、まるで絵画の世界に迷い込んだかのような気さえした。


「ここから見える景色は、池の外からの景色とは、また違うでしょう?」


「……そうですわね」


 無愛想と言われても仕方のないような返事をしても、エドヴァルドが不機嫌になる様子は一切ない。むしろ、この時間を楽しんでいるかのような雰囲気であった。


「メイベル様……もしや、ご気分が優れませんか?」


「……いいえ。ただ、貴方は私とすごしていて、何が楽しいのかしらと思っただけですわ」


「何がと言われたら困ってしまいますが、私は貴女と過ごせる今、とても幸せです」


 彼は……イヴァンは、私が不幸にしてしまったはずなのに。エドヴァルドは正反対の言葉を口にしたのだった。


 それにより、押さえ込んでいた感情が一気に溢れ出してきたのだった。


「ですので……」


「……どうして?」


「?」


「どうして貴方は、そこまで私を大事にできるの!? 私は……貴方を裏切って、他の男の元へ行ったっていうのに。何で!?」


 私は立ち上がり、そう叫んでいた。


 しかし、立った瞬間、私はバランスを崩してしまったのである。


「きゃっ……!?」


「メイベル様!!」


 派手な音を立てて、私は池に落ちた。


 が、しかし。


 溺れる、と思ったその時、沈むより先に私は引き上げられたのだった。私を助けたのは、無論エドヴァルドである。


「ふう、池が足のつく深さで、良かったです」


「え、あっ……」


「ただ、風邪をひいては困りますので、着替えに行きましょうか」


 私を横抱きにした彼は、陸地まで歩きながら呑気にそんなことを言っていた。私のせいで彼もまた、全身びしょ濡れになってしまったのに。


「貴方まで濡れネズミになる必要はなかったでしょう?」


「貴女を助けるためなら、こんなの安いものです」


 美しい金髪からは水滴が滴り落ちるが、彼は気にも留めていなかった。


「ねえ……何で、ここまでするの?」


「貴女を、愛しているからですよ」


 突然の愛の告白。しかし、私は無意識に罪悪感故の涙を流していた。


「……っ、私、貴方に愛される資格なんてないわ」


「貴女が私の全てということは、今も昔も変わりません。昔から、ずっと」


 そう言って、エドヴァルドは私の手の甲にキスをしたのだった。



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