令嬢、決意する
後日、私はハリーストの王宮にお泊まりに行くことになった。モニカとは昔からの友達なので何度も来たことがあるが、今回はだいぶ久しぶりのことであった。
夜になり、モニカの家族と夕食を食べることになったのだが、食堂は賑やかそのものであった。彼女の幼い弟と妹は、とってもお話し好きなのである。
「でね、この前みんなで森に四つ葉のクローバーを探しに、ピクニックに行ったの!!」
「そうそう!! それで、お父様がシロツメクサで王冠を作ってくれたんだ!!」
「こらこら、二人共。食べる手がお留守になってるわよ。ごめんなさいね、久しぶりに貴女に会えて嬉しいみたいで」
王妃殿下ーーーモニカの母上が二人を注意してから申し訳なさそうに言った。しかし可愛らしいおしゃべりは、どれだけ聞いていても飽きないものだ。私は笑顔で首を振った。
「ふふっ、どうぞお気になさらず」
「あ、言ってるそばから!! 口元がソースだらけじゃないか」
「待って。お水を飲む前に、一度拭きましょう?」
国王陛下と王妃殿下が、ソースで美味しそうに塗られたほっぺた二つを手際良く拭いていく。その姿は、夫妻が我が子を人任せにせず、きっちり育てていることの現れであった。
「こういう賑やかさも、たまには悪くないでしょう?」
「ふふ、おっしゃる通りですわ」
そんなこんなでメインディッシュまで食べ終えると、モニカは席を立って食堂を出て行った。そして、銀のトレイにケーキを乗せて運んできたのである。
「お待たせ。今日のデザートは、木苺のタルトよ」
「わあ、それ僕大好き!!」
「私も!!」
タルトを見て、幼い二人はわっと歓声を上げた。
モニカは王女でありながらも趣味はお菓子作りであり、その腕前が職人並みであるのは有名な話だ。ピアノやヴァイオリンなどの習い事をするように、子供の頃からお菓子作りをパティシエから学んでいたらしい。
「さ、美味しいうちにお上がりなさいな」
「いただきます!!」
手拭きで綺麗に拭かれた綺麗な頬っぺたが、再び木苺の汁まみれになったことは、言うまでもない。
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「ふふっ、ぐっすり寝ちゃったわね」
動きを止めたネジ巻き人形のように眠る二人を見て、私はつい吹き出してしまった。
夕食と入浴を終えたあと、私とモニカは幼い二人に子供部屋で本を読み聞かせていた。すると読んでる途中で、二人は夢の中へと旅立っていったのである。
「いつもこんな感じよ。さっきまで元気に走り回ってたのに、気づけばおねんね。たまに白目剥いたり一人前にイビキかいたりしてて、笑いそうになるわよ」
「……っ、ふふふ、そんな、笑わせないでくださいな」
子供たちを国王と王妃に任せたあと、私たちはモニカの寝室へと向かった。彼女のベッドはとても大きいため、大人が二人寝てもまだまだ余裕があるのだ。天蓋を潜り抜けてベッドの上に座ると、まるで秘密基地に来たような気分であった。
「ちょうど、美味しいハーブティーが手に入ったのよ。たしかオレガノとレモンバームのブレンドだったかしら」
ポットからティーカップに茶を注ぎならがら、モニカは言った。
「ありがとうございます、それでは、いただきます」
一口飲むと、レモンのような爽やかな味わいが口に広がった。それを支えるようにオレガノの心地よいスパイシーさも感じられる。ハーブの香りをまとった温かな湯気は、心の緊張を和らげてくれるような気さえした。
「リラックス効果があるって聞いたんだけど、どうかしら?」
「ええ、とっても美味しいですわ」
それからしばらく、私たちはお茶を飲みながらたわいのない話をした。そしてカップの半分程を飲み終えたところで、モニカは本題を切り出したのだった。
「……それで。貴女、だいぶ悩んでるようにも見えたんだけど。どうしたの?」
「……」
彼女に問われ、私は無言でティーカップを覗き込む。水面に映った自分の顔には、クマができ上がっていた。エドヴァルドのことを考えて、ずっと眠れない日々が続いていたのである。
「お話、私でよければ何でも聞くわよ。それか、今度私がお忍びでケーキ作りの大会に行く話でも聞く?」
話すも話さないも自由だと、モニカは暗に言ってくれていた。昔から彼女は、こういった細かな気配りができる性格なのである。
「……その」
「うん」
「ある方に、謝っても許されない、取り返しのつかない程に悪いことをしてしまって……どうすれば良いのかと思いまして」
具体的なことは言わず、私はそう呟いた。すると、モニカは意外な質問を投げてきたのだった。
「ねえ、それって……法を犯したことなの?」
「え?」
「人殺したり、もの盗んだり、そんな感じ?」
いつの間にか、モニカは真剣な表情となっていた。先程までの天真爛漫な彼女は居らず、目の前に居るのは王族としての風格を持つハリーストの第一王女であった。
「……えっと、そういう訳では」
「そう。じゃあまず、それは当事者間の問題ってことになるわ。で、一度でもお相手にそのことについて謝ったのかしら?」
「……いいえ」
「ちなみに、本人からそのことに何か言われたことはある?」
「一度もありませんわ。それどころか、まるで何もなかったかのような態度で……だがら余計に分からなくて」
「だったら、さっさと謝っちゃいなさい。お相手からすれば、それはもう過去の話になってるのかもしれないし、貴女がとんでもない勘違いをしてる可能性だってあるもの」
「……っ、でも。謝って許されたところで、私が罪を犯した人間であることに変わりはありませんわ」
アルビナからメイベルに生まれ変わったところで、私がエドヴァルドからすれば悪であることに変わりはない。どんなに考えても、その結論に至ってしまうのだ。
「ねえ、ワガママ王女のテレサって知ってる?」
「い、いえ……」
「私のお母様ってね、実は若い頃にそう呼ばれてたの」
「え、……え!?」
それは、私からすれば信じられないことであった。
王妃殿下が大国ラフタシュから嫁いで来たというのは有名な話だが、彼女が今、ハリースト王妃として国民から愛されているのは紛れもない事実だからである。
「お母様は昔、同年代の子たちにからかわれたのがキッカケで、友達を作らずにずっとヘンリク伯父様にべったりだったんですって」
「知りませんでしたわ」
「でも伯父様とずっと一緒にいられる訳じゃないから、日に日に服装が派手になっていったらしいの」
「……え?」
「華やかに着飾っていれば、自然と周囲は一目置くからね。可愛らしいドレスも美しいジュエリーも、お母様からすれば自分を守る鎧だったのよ」
たしかに、王妃は美しい顔立ちをしている。そんな彼女が華やかな装いをしたとなれば、私も恐れ多く感じてしまうだろう。
「……でもね。結局それは周囲をやんわりと威嚇するのと同じだから、陰口は一層酷くなっていったの。お父様と結婚する前に他の方と婚約破棄になったんだけど、その時も散々だったって聞いたわ」
「……というと?」
「噂に尾ひれがついて、高い結婚指輪を買わせようとして婚約破棄になっただとか、みんな好き勝手に噂するのよ。本人から聞いてないくせに」
「……酷い」
「ラフタシュ王室は国の資産でなく個人資産で生活してるのに、国民の税金で豪遊してるとか、何着もドレスを持ってるのは国の特産品である布の品質の良さを宣伝するためなのに、浪費したいだけだとか……知らないならば聞くか調べればいいのに、それもせずに端から決めつけるなんて、愚かしいことだわ」
「……」
「そんなんだから、お母様も余計に他人を遠ざけるようになってしまった。結婚も決まらなくて、そんな中で出会ったのが、お父様って訳」
二杯目のハーブティーを注ぎながら、モニカは言った。
「偏見抜きにしてお父様が向き合ったことで、お母様も少しずつ考え方が変わっていったみたい。それにハリーストって、山に囲まれた小さな国だけれども、穏やかで優しい人が多いでしょう? だから、ツンケンしていなくても良いって思えて、本当の意味で安心できたみたいなの」
「……そう、なんですの」
「まあ、若い頃は伯父様とヤンチャしてたみたいだから……婚約破棄のお相手にはだいぶ後になって謝罪したらしいけど。何を言いたいかって言うと、どんだけやらかしても、人は変われるんじゃない? ってことよ」
「……」
「万が一相手が許さなくても、それはそれで吹っ切れるんじゃなくて?」
モニカの言う通り、私も変われるのだろうか。それは今の私には分からないことだ。
しかし。
今の関係が終わってしまうにしても、きちんと謝ろう。私はようやくその覚悟ができたのだった。