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令嬢、照れる

「残念ながら私でございましたよ、殿下」


 壁に寄りかかり、グロウは口に手を当ててクスクスと笑う。やや丸みのあるつり目が細められ、その姿はどことなく黒猫を思わせた。


「何がおかしい?」


「いえ、殿下がどなたかと仲睦まじくしていらっしゃる姿を見るのは初めてでしたので、つい」


「!?」


 グロウの一言で、私はハッと我に返った。エドヴァルドと私はブローチを着けた時から一歩も動いていないので、至近距離で向かい合っている形だ。何をどう勘違いされても、おかしくはない。


 仲睦まじいというグロウの言葉に妙な艶のある響きを感じ、私はエドヴァルドからすぐに距離をとった。


「ぐ、ぐ、グロウ様!! これは違いますの……どうか勘違いなさらないでくださいな!!」


「……それで、お前がなぜここにいるんだ?」


 慌てふためく私とは対照的に、エドヴァルドは至って落ち着いている。が、彼は何となく不機嫌な空気をまとっていた。そしてグロウを見つめる鋭い目つきは、イヴァンであった時の彼を彷彿とさせた。


「知人がバザーの手伝いをしてましたので、遊びに来たんですよ」


「そうか」


「あ、それから。一つ伝言を預かっておりまして。だいぶ客足が落ち着いてきたので、お二人共、今から休憩も兼ねて祭りの見学に行って良いとのことでした」


「分かった。伝言ご苦労。それでは、行きましょうか」


 素っ気なく礼を言ってから、エドヴァルドは私にいつもの笑顔を向けた。先程までの殺気はどこへやら。その声は弾んでいるようにも聞こえた。


「どうぞ、ごゆっくり」


 そう言ったグロウの胸元には、バザーで売っているブローチが光っていた。偶然なのか、それはエドヴァルドが着けているものと同じ星柄であった。


「ああ、私もお一つ購入させていただきました」


「あ、ありがとうございます。グロウ様」


「いえ、とんでもないことです」


 私が礼を言うと、背の高い‘‘黒猫’’は意味ありげににやりと笑った。


「……先程は、彼が失礼しました」


 バザーの会場を出ると、エドヴァルドは申し訳なさそうに謝ってきたのだった。


「彼にはあとで、女性を困らせるようなことを口にするなと厳しく言っておきますので」


「い、いえ……少し驚いてしまっただけですので。ほら、グロウ様は聡明な方なので、時折私が想像もしてないことを仰られるので」


 このままではグロウの命が危ないと思い、それとなく私は、フォローを入れた。


 とはいえ、グロウが優秀な人間なのは誰から見ても明らかなことであった。話す内容から言葉選びに至るまで、とにかく頭の良さが滲み出ているのだ。令嬢たちからの人気も高く、彼の噂を耳にすることも多い。


 しかし女友達をあまり作っていないらしく、女性陣からは手の届かない存在として認識されているようだ。イヴァンと同じく、近寄り難いが好かれる存在なのだ。


「……さて、彼の話もここまでとして。気分転換に、屋台でも見に行きませんか?」


 まるでグロウを話題の上からも強制退場させるかのように、エドヴァルドは急に話を変えた。そう言われたならば、私はもう頷く他なかった。


(普段優しい彼がこんなに苛立っているのを見るのは、初めてだわ)


 前世でも、彼は取っ付きにくい雰囲気ではあったものの、怒鳴ったり怒ったりするところは一度も見たことがなかった。だから、こんな些細なことで彼が苛立っているのが、私は不思議で仕方がなかったのである。


 そこでふと、まだ私たちは昼食を食べていないことを思い出した。


「殿下、よろしければ、食べ物の屋台を見に行きませんか?」


 お腹が空けば、どんな人でも苛立ってくるものだ。そう思い、私は提案したのだった。


「そう言えばお昼がまだでしたね、そうしましょうか。メイベル様は何が食べたいですか?」


「うーん、……とりあえず、まわりながら決めましょうか?」


 あれこれ相談しながら、私たちは使用人を引き連れて、屋台の並ぶ大通りへと向かったのである。


+


 屋台でいくつか食べ物を買ったあと、私たちはサーカスを観に王立の劇場へと向かった。飲食物の持ち込みが可能だったので、席で食べることにしたのである。


 そして、私たちが通されたのは……カルダニア王室の人々のために用意された、二階席であった。


「殿下、その……私などがこんな特等席にご一緒して、よろしいのですか? こちらは王室の方用とお聞きしたのですが」


「ふふ、大丈夫ですよ。ここは親しい間柄の友人であれば来て良い場所なので」


 友人ではなく、親しい友人。その言葉選びに、特別な意味があるかは分からない。しかし、私としては意識してしまうのであった。


 席に着いてから、私たちは屋台で買った品々をテーブルに並べ始めた。公爵の娘だからと言って高級品ばかり食べている訳ではないが、カルダニアの庶民的な料理を食べるのは初めてだ。ハリーストでは見ない料理を見て、私はすっかりワクワクしていた。


「貴方のお好きなパンだけなくて、残念でしたわね」


 珍しい木の実が入ったチョコマフィンの包み紙を破りながら、私は呟いた。私たちは街のパン屋が出している屋台にも行ったのだが、生憎エドヴァルドの好物だけは売り切れだったのである。


「まあ、仕方のないことです。あそこの店では一番人気らしいので」


 揚げパンにかぶりつきながら、エドヴァルドは困ったように言った。


 パンの屋台では、私はチョコ味のマフィンを、彼は揚げパンを選んだ。その時は大して揚げパンに惹かれなかったものの、横で食べているのを見ると美味しそうに見えてきたのだった。


 マフィンも抜群に美味しい。しかし、油で揚げた香ばしい香りは、私を強烈に惹き付けるものであった。


「……こちらも、お召し上がりになりますか?」


「え、え!?」


「手前側は口を付けてしまいましたが、後ろ側はまっさらですので、よろしければ」


 目は口ほどに物を言うとは、まさにこのことだろう。


「じ、じゃあ……お言葉に甘えて。代わりと言ってはなんですが、マフィンも召し上がりますか?」


「ありがとうございます、それでは私もお言葉に甘えて。どうぞ、お好きなだけ……!?」


 ぱくり。


 私は揚げパンに思い切りかぶりついた。それを見たエドヴァルドは、なぜか絶句してしまったのである。


(……あれ、もしかして?)


 エドヴァルドの表情を見て、私はようやく理解した。


 彼としては、欲しい分だけ手で千切ってくれという意味だったらしい。私からすれば、欲しい分だけかぶりつけと言う意味で理解していた。


 うっかり、兄や妹と食べ物を分ける時と同じようにしてしまったのである。


「も、も、申し訳ございません……!!」


 品のなさを露呈してしまい、恥ずかしさのあまり、私は可能な限り後ずさった。


「で、殿下……?」


「……っ」


 しかし。よく見ると、なぜか彼も顔を赤くしていた。それは微かな変化なのだけれども、彼が色白なこともあり、目立って見えたのである。


「そ、そ、そろそろ開演ですわね!! あとは観ながらいただきましょうか、ね?」


「そうしましょうか」


(……とても、とても気まずいわ)


 サーカスが終わったらどうしようかと考えながら、私は舞台へと目を向けた。

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