もう一人の男友達
カルダニアでは、春夏秋冬と年に四回の祭りが行われる。その中でも春祭りは盛大なものであり、カルダニア国民や周辺国の人々など、皆が楽しみにしている行事であった。
「わあ……朝から凄い賑わいだわ」
馬車の中から外を覗くと、街には出店が立ち並び、祭りの準備に勤しむ人々の姿が見えた。沿道を歩く子供たちも祭りが楽しみのようで、すっかり浮き足立っていた。
夜会でのエドヴァルドの提案により、今回の祭りで行われるバザーでブローチを販売することとなったのだ。私はハリースト側の責任者であるため、集合時間よりも少し早めにカルダニアへと向かったのだった。
祭りまで一週間しかなかったため、さすがに準備が追いつかないだろうと私は思っていた。しかし、エドヴァルドがバザーの運営事務局との調整をしてくれたため、短期間にも関わらずトントン拍子で準備は進んでいったのである。
貴方だって公務で忙しいはずなのに、どうしてここまでしてくれるの?
何度かエドヴァルドに言いかけたものの、余計なことを言って話しを拗らせたくなかったため、私はぐっと口を噤むばかりであった。
バザーの会場であるカルダニアの教会に着くと、準備を手伝うエドヴァルドの姿が遠くに見えたのだった。
まさか彼が、当日の会場準備まで手伝っているとは思ってもみなかった。私は慌ててエドヴァルドに駆け寄ったのである。
「おや、おはようございます、メイベル様。朝早くからお越しいただき、ありがとうございます」
重い荷物を運んでいたようで、エドヴァルドはシャツを腕まくりしており、手の甲で額の汗を拭っていた。大国の王太子が力仕事を手伝うなど、前代未聞である。
「おはようございます、殿下。まだ集合時間よりだいぶお早いのでは……?」
「祭りの開催の式典ではスピーチをしなけれぱならないのですが、それまで時間があったので、早めに来てお手伝いさせていただいております」
「そんな……!! こういう大変な作業は、私でやりますので……バザー参加の許可をいただけただけで、十分ですわ」
「女性に力仕事はさせられませんよ。それに、ここで手伝うことは両親からも許可を得ておりますので、ご心配には及びません」
そう言ったエドヴァルドの表情は、どこか楽しげであった。
「それに……私もこの日を楽しみにしておりましたので、ぜひ協力させてください」
不意に、こういった形で祭りに参加するのを彼は望んでいたのではないか、という考えが頭をよぎる。
王太子ともなれば、交友関係も行動も制限される。先日の話から察するに、私のようにクラブ活動への参加もできない。そんな暮らしをしているエドヴァルドとしては、身分に関係なく人々と交流する機会が貴重なのではなかろうか。
となると、手伝いを断るのはエドヴァルドの楽しみを奪うことになる。それは、あってはならないことだ。
「お邪魔であれば、すぐ退きますので……メイベル様?」
「えっ、あっ……いえ、その……無理のない範囲でお手伝いいただけると、とても有難いですわ」
この言い方ならば失礼に当たらないだろうか、と思いながら、私は言った。
するとエドヴァルドは、軽く目を見開いた後、今まで見たことがないような満面の笑みを浮かべたのだった。
「ありがとうございます、メイベル様」
彼の嬉しそうな表情を見て、不思議と自分の胸が高鳴るのを感じたのだった。
+
「ネックレス一つ下さいな」
「ありがとうございます。お会計ちょうどいただきますね」
祭りが始まってから、バザーは大盛況であった。商品が飛ぶように売れて、皆すっかりてんてこ舞いとなっていた。
「わあ、殿下と同じペンダントだ!!」
「かっこいい!!」
ネックレスを買った幼い子たちは、嬉しそうにそんなお喋りをしていた。
「すっかり人気者ですわね、殿下」
「ふふ、少し恥ずかしくもありますが、あんなふうに純粋に喜んで貰えて、嬉しいばかりです」
釣り銭の用意をしながら、エドヴァルドは困ったように笑った。スピーチを終えたあと、彼はまたバザーの手伝いに戻ってきてくれたのだった。そんな彼の首元には、ガラス製のペンダントがぶら下がっている。
それはカルダニアの慈善団体がバザーで販売しているもので、廃品となったガラス片を溶かして再利用されている。様々な色の破片が使われているため、見る角度で色が変わる面白い品だ。
当然ながら、エドヴァルドが着けているという宣伝効果は抜群だ。バザーでは断トツの人気商品であり、昼頃には品切れ間近となっていた。
「ブローチも素敵なお品なのに……どうしたものか」
私が胸元に着けたブローチに目をやりながら、エドヴァルドは呟いた。
ブローチも売れてはいるが、ペンダント程売れ行きは芳しくなかった。とはいえ、売れただけ有難いことである。私は慌てて首を横に振った。
「一つ購入して、私も着けてよろしいですか?」
「い、いえいえ!! 私たちは参加させていただいただけで十分ですので、どうぞ殿下はお気遣いなく……!!」
ブンブンと首を振るものの、エドヴァルドはどこか納得していない様子であった。そして、思いも寄らぬ提案をしてきたのである。
「それでは、交換しませんか?」
「……え?」
「貴女のブローチと、私のペンダント。物々交換ならば問題ないのではないのでしょうか?」
「え、あ……じゃあ」
「ふふ、交渉成立ですね」
ブローチもペンダントも、値段としては同額だ。断る理由が見つからず、言われるがままに私はブローチをドレスから外した。
「首元、失礼しますね」
「……っ!!」
ペンダントを外し、エドヴァルドは私の背後に回った。
「少し、髪を避けさせていただいてよろしいですか?」
「……、は、はい」
髪とペンダントの紐が絡まないように、彼は丁寧な手つきでペンダントを着けてくれたのだった。
エドヴァルドは髪に触れただけで、直接的な肌の接触はない。しかし、彼の存在を間近に感じるには十分なことであった。
「はい、できました」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。それでは、ブローチを……」
「あ、その……このブローチは、少し金具が特殊でして、私がお着けしてよろしいですか?」
「ええ、お願いします」
エドヴァルドと向かい合い、私は彼の上着にブローチを着け始めた。
「着ける時、金具をくるっと回すもので……」
「なるほど」
「あ、あら?」
何度も練習したはずなのに、ブローチの金具がなかなか取れない。見れば、私の指は微かに震えていた。
それが緊張からなのか何なのかは分からない。しかし、私は焦りを募らせるばかりであった。
「ゆっくりで、大丈夫ですので」
そんな私を見かねて、エドヴァルドは優しくそう言ったのだった。
「……っ、できましたわ」
「ありがとうございます。夜空みたいで、素敵なお品ですね」
ブローチは丸型なのは全商品統一だが、その上に描かれている絵にはいくつか種類がある。私が着けていたものは、夜空に瞬く星が描かれているものであった。
ちなみに、実はこれを作ったのは私自身である。
「お気に召したようで、何よりですわ」
恥ずかしさからなのか緊張からなのか、頭がまったく回らない。私はただ一言返すのがやっとだったのである。
「それでは……」
「お二人とも、仲がよろしいようで」
「!?」
声のした方を振り向くと、黒髪の青年が立っていた。耳には、棒状の銀色のピアスが光っている。そして、彼の顔には見覚えがあった。
「誰かと思えばお前か……グロウ」
カルダニアの宰相令息、グロウ。彼もまた私の‘‘男友達’’である。