俺が彼女と出会ったときの話
・このお話はフィクションです。
人が行き交うアーケード街。友人との待ち合わせに早く着きすぎた俺は、スマホをいじりながらベンチに腰掛けてぼんやりしていた。
忙しそうにスマホに視線を落としながら早足で歩いていくビジネスマン。友人とおしゃべりをしながら歩いていく年配のご婦人たち。手をつないで幸せそうに歩いていくカップル(爆発しろなんて思ってない)。旦那さんが大きな紙袋を持って並ぶご夫婦。親密そうに肩を触れ合わせながら並ぶ年齢差がある男女(どんな関係?)。楽しそうにおしゃべりをしている女子高校生グループ。いかにも腹減ってますと言わんがばかりの若いスポーツマン集団。
あの老婦人の服の趣味がいいなぁとか、あいつら、絶対ラーメンチャーハンセットに餃子つけて食べそうとか、人間ウォッチングをしていた時だ。
「おい、歩きながらスマホをするな!」
ざわめく歩道に男の大声が響いた。声のしたほうを見ると一人で歩いていた女子高校生と、洒落た色のスーツで帽子をかぶった五十代くらいの男性が立ち止まっていた。女子高生の手にはスマホがあり、驚いたのか固まってしまっているようだ。
まぁ、歩きスマホはダメだよなとも思うが、スマホを見ている奴は彼女のほかにもいっぱいいる。現に今、彼のそばを通り過ぎた強面の男性も、指を忙しなく動かしながらすれ違っているのだ。正直、なんで他の連中に注意せずにあの子だけなんだ?と思うのも仕方ないだろう。
助けるかどうしようか迷っていると、女子高生はにっこり笑ってスマホをしまうと、手話で男に話しかけ始めたのだが。
《むかしむかし、あるところに……》
「ん?」
彼女は一生懸命指を動かし昔話を語っている。男は突然手話を始めた女子高生に驚いてひるむと、「障がい者かよ!」と問題発言をして去っていった。
なにがしたかったんだ?と疑問符を浮かべる俺に見られていることに気づいていない女子高生が、振り返って男の背中に向かってなんと中指を立てた。
わかりやすい彼女の怒りに俺は吹き出し、再び歩こうと前を向いた彼女と目が合う。楽しい気分のまま親指を立てていいねと伝えると、《でも歩きスマホは危ないよ》と十五メートルほど離れた彼女に手話で話しかけた。
見られていたことに気が付いた彼女が顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら近づいてきて、スマホを取り出して文字を打つとメモ画面を提示してくる。
《ごめんなさい。わたし、手話は勉強中でまだ判らないんです》
「そうだと思った。突然昔話を始めたから、笑っちゃったよ」
俺が耳が聞こえないと気を使った彼女に笑いながら話せば、真っ赤な彼女はまた驚いたようだ。
「え? 話せるんですか?」
「うん。難聴の家族がいるんだ。だから手話も使える」
「私は高校のそばにある障害を持つ子供たちの学校でボランティアをするのに、紙芝居と一緒に手話でも伝えようってなって覚えている最中なんです」
「ああ、だから昔話だったんだね」
なるほど。だから笑顔でぎこちなく、でも一生懸命手話で語っていたのかと納得した。
「でも歩きスマホは危ないよ」
「はい。歩くスマホゲームを見ていたので、私が悪いんですけど……でもあのおじさん、私たちのあいだでは有名なんです」
彼女は少し不満そうな顔で隣に座り話を続ける。
「あの人が注意するのって絶対若い女性で、一人か二人組なんです。三人以上の集団とか、男性には注意しないんですよ。結構有名になってて、顔写真付きで友人から話を聞いていたんです。大声で怒鳴って、若い女性の怖がる姿で興奮してるんじゃないかって噂もあるんですよ」
俺は彼女の話で納得できた。それは俺も同じ疑問を持っていたからだ。
本当に正義感で歩きスマホを注意するなら年齢性別関係ないはずなのに、男はわざわざ一人で歩く彼女だけに怒鳴っていた。これが複数回続いているなら彼女たちの嫌悪感も理解できるし、SNSを使いこなしている女子高生たちの中での情報共有は侮れないので、女性にばかり注意するというのは事実なのだろう。
「うわ、キモ」
正直な感想を漏らすと、彼女はほんと、気持ち悪いとぷんすか怒っていた。いや、可愛いかよ。
「ところで、さっきの手話はなんて言ってたんですか?」
「ああ、歩きスマホは危ないよ《歩きスマホは危ないよ》って」
話と同時にゆっくりと手話をすれば、横にいた彼女が真似をして手を動かす。《歩く》の手話がぎこちなくて可愛いな。何度か繰り返し、スマホのメモ帳に単語と動きをメモしていた。
「あの、手話を覚えるコツとかありますか?」
ピリリリ。
勉強熱心な彼女の質問と同時にスマホが鳴った。思わず舌打ちしそうになって慌ててごまかしていると、彼女は慌てて立ち上がる。
「あ、お邪魔してすみませんでした。お話、楽しかったです。ありがとうございました」
「なぁ、ID交換しない? 今度ゆっくり話そうよ。俺は〇×大学の経済学部二年、高槻悟。実家も地元で、ちょー生意気な難聴の小学五年生の妹がいるんだ。あいつの話を聞いたらきっとびっくりすると思うよ」
そう言いながら、紙のメモ帳に名前と電話番号とIDを書くと彼女に渡した。最初はきょとんとしていた彼女だが、次第に顔を真っ赤にすると慌ててスマホを取り出して電話をかけてくれる。
俺のスマホに表示される彼女の電話番号を確認して、あとでショートメールでもう一度自己紹介しようと決めると、友人から何度も送られてくるメールを無視したまま彼女を見送ったのだった。
◇◇◇
「歩きながらスマホをするな!」
彼女と待ち合わせでベンチに座っていた俺は、どこかで聞いたことのあるセリフに顔を上げた。声を上げたのは小洒落た感じの服を着た背の高い中年男性。彼の前では二人の女子高生が固まっていた。
あのおやじ、まだやってんのかよ、と思いつつ立ち上がろうとしたとき、女子高生の一人が隣を抜けようとした金髪の男どもに声をかける。
「あの、この人があなたたちに文句があるそうですよ!」
男性の意識がそれるのと同時に、スマホをしていた残った一人が「ごめんなさい」と小さくつぶやいて離れていき、逆に男たちが一斉に男性を見た。確かに三人のうち一人はスマホ片手に歩いていたから、間違ってはいない。どうやって対処するのかとワクテカしていたが、男性は「い、いや、人違いだ」とかつぶやいてそそくさと歩み去ってしまった。
「意外と普通に逃げたな」
残念だと思って逃げた女子高生を見たら、彼女たちはまだこの辺りをうろついていた。どうやら地図アプリでどこかに行きたいらしいのだが、場所が判らないらしい。そのうちスマホを横に向けたり、上下を逆にしたりと真剣に迷っていた。
「いや、地図を逆にしても変わりねぇだろ」
「お待たせー……ってどうかした?」
待ち合わせをしていた彼女が現れて俺は立ち上がる。
「面白いものが見れたから、食事しながら話すよ。ところで彼女たち、同じ高校だろう? 迷ってんなら助けてやるけど」
今は下心なく声をかけても不審者扱いされかねない時代だ。だからいまだスマホ片手に自分たちが回っている彼女たちを見ながら、俺は彼女に提案したのだった。
(おまけ)
俺の彼女のときはとっさに思いついて手話で対処したらしいが、今日見た彼女たちはちょっと手馴れていたように思えたので、何か対処法でも出回っているのかと聞いてみると彼女はあっけらかんとうなずいた。
「うん。一人の時用、二人の時用とか、出現場所とか時間とかいろいろあるよ」
なんだろ。ゲームの攻略法みたいだな、と思った俺はたぶん間違ってない。
本編書くのに30分。あらすじとタグとあとがき書くのに30分。
一人称小説って楽だわー。
このあと、悟君は妹を餌に彼女とデートを重ねます。妹の面白話とか、大変だったちょっとしんみりした話とか。そして彼から告白します。
もちろん彼女が成人するまでは清いお付き合いで、彼女は同じ大学に進学しました。
くらいまで妄想してたので書こうと思ったんですが、力尽きた……
・力尽きた部分が恋愛だったので、ジャンルを現代恋愛からヒューマンドラマに変えました。