『カレーライス』
◇『カレーライス』
虎門さんの実家の喫茶店「ミトラ」はコーヒー以外のメニューも充実している。
近隣の市立高校の学生向けにお昼になると手頃な値段のランチメニューが提供されている。
ランチの主力商品は自家製カレーライスだ。
さらにオムレツと焼き海苔を乗っけて、虎縞にしたタイガーカレーが名物となっている。
ほどよい辛さのカレールーにほんのり甘いふわっとしたオムレツ、そこにパリッと香ばしい海苔が加わることで独特の食感と風味がある。
俺もたまに注文するが、カレー専門店ほど尖っていない本格的すぎない味わいに安心感がある。
虎門さんのお父さん、マスターのこだわりすぎないカレー。
お昼時の虎門さんはせっせと注文をとり、カレーを運び、テキパキとテーブルを清掃する。
一般客相手には「ご注文のカレーライスです」と流暢(?)な標準語でスマートな応対だ。
今日はとくに賑わっていて一苦労のようだ。
ランチタイムが終わって休憩に入り、はふーと一息ついてる虎門さんに俺は声をかける。
「おつかれ、虎門さん」
「あ~、う~あ~」
へろーんと春風にさらわれた干したてのタオルのようにふわふわっと抱きついてくる虎門さん。
客の目が届かないスタッフエリアとはいえ、昼間から甘えてくるのはよっぽどのようだ。
「カレーカレーカレー! 来る日も来る日もカレー! よく飽きなかよね学生諸君!」
「従業員は繁盛しすぎても困るってのはあるあるだな」
「ばってん家業だけん全然お客さん来んとも困るとよ~、はぁ~」
虎門さんは誰も見てないのをいいことに、気兼ねなく俺の腕の中でため息をつく。
すこぶるかわいい。
接客対応中のクールなウェイトレス虎門さんと打って変わって、方言まるだしプライベート虎門さんはとても甘えたがり屋になってしまう。
「なんなんなんでカレーなん!?」
虎門さんは叫ぶ。カレーライスの話なのに方言のせいでカレーナンの話しにしか聞こえない。
「毎日カレーライス運んどったらうちカレー臭が染みつかん!? どぎゃん!? 臭う!?」
それは嗅げってことなのか虎門さん。
「いや、さすがにそれほどじゃないよ。むしろコーヒーのいい匂いがする」
と俺がなだめると虎門さんはほっと胸を撫で下ろす。
「厨房担当やなかけんそんおかげかも。うちのお父さんはするンよ、カレー臭」
「スパイシーと言ってあげようか! 気にするといけないから!?」
休憩室の扉を見やる。
よし、勤務中のマスターには聴こえていないようだ。
「あ、カレーデッキ組みたい」
「唐突だな!? ああ、たまにあるよね料理系カード。モスクワのカレーとか、防災食とか」
「カレーは見飽きたとけどもここまでくれば持ちネタとして組みたかとよカレーデッキ!」
「わかった。じゃあ今度デッキレシピ書いてくるよ」
「ありがとー♪ 楽しみにしとるけんねー!」
虎門さんはハピルン気分で鼻歌ながらにウエイトレスの仕事へ戻っていった。
後日……。
「ほうほう、カレーなる怪盗クミン、カレーなる怪盗ガラムマサラを中心にした調合召喚デッキ! よかね! すごくかっこよか!」
満足げにデッキレシピを見ていた虎門さん。
しかし不意に青ざめ、ぎゃわー!? と叫ぶ。
「ぞ!」
「ぞ?」
「増殖せしGがカレーデッキに入っとる!?」
「ああ、強力な汎用カードだから入れておいたけど」
「ダメ! 絶対ダメ! 食品衛生法的にいけん!?」
「うーん、まぁゴキブリがカレーに入ってたら確かにファンデッキとしては……」
その時、血相を変えて喫茶店のマスターである虎門さんのパパがやってきた。
「Gはどこだ……!? 駆逐せねば! 一匹残らず駆逐せねば!!」
「ちがいます! カードゲームの話でして!?」
「えーちくんのカレーのレシピにGが混入しとったんよ!」
「……食べるのか! 君は!? Gを!?」
「カードゲームの話しですからねマスター!!」
「……なるほど、どうやら早とちりだったようだ。すまないね」
マスターは白髪頭の額についた冷や汗を袖で拭い、一安心する。
「ところで娘よ、流行っているのか?」
「ふえ? なにが?」
「その、カレーにGを混入させて遊ぶカードとやらは……?」
どうやらもっと重大な誤解を招いてしまったようだと俺は後悔した。
守ろう食品衛生法。