『駆け引き』 ※【挿絵アリ】
◇『駆け引き』
虎門さんは普段、実家併設の喫茶店でウェイトレスとして働いている。
ウェイトレス虎門さんはなるべく標準語で話そうとするので。
「いらっしゃいませ」
とごく普通の接客をする。メイド喫茶のようなコンセプトカフェでもないので、あまり地を出さないように務めているわけだ。
ボロを出さないためにマニュアル以上のことを話さないので、すこし冷たい印象さえある。
虎門さんは表情をキリッとさせ、背筋をしゃんと伸ばして佇むとなかなかかっこいい。
ちょっぴりクールなウェイトレスの虎門さん。
虎門さんが看板娘として人気があることは言うまでもない。
喫茶店の近隣に市立高校があるので、自然と来客の高校生らの人気と注目を集めてしまうのだ。
虎門さんの家業が繁盛するのはよろこばしい。
でも。
でも、だからといって自分の彼女がそれら男子高校生たちの話題になっているのは少し気になる。
「いいよなぁ、ここのウェイトレスさん」
「瀟洒って感じだよなぁ」
瀟洒とは。
すっきりとしゃれている様子をして、瀟洒と呼ぶ。
オフモードの虎門さんはどんくさい、方言まるだし、ぽけっとしていて絶妙にアホっぽい。
オンモードの仕事熱心な虎門さんしか知らない高校生男子諸君には彼女がティラミスやザッハトルテのようなおしゃれな西洋菓子にでも見えるのだろう。
あの独特な方言でしゃべる、酒まんじゅうやみたらしだんごめいた庶民的和菓子な虎門さんがだ。
なんと儚い幻想だろう。
真実の虎門さんを知れば、たちどころに幻滅してしまうことだろう。
それまではせいぜい夢を見ることだ、学生諸君よ。
……と、俺は仕事中にくだらないことを考えてしまっていた。
この喫茶店、リモートワーク全盛のこの時代にノートパソコンを置いてのんびりくつろぎながら仕事するのにはとても都合がよかった。
そうやって仕事がてら喫茶店に日常的に通ってるうちにTCGという共通の趣味をきっかけに虎門さんとの交際をはじめるという、さほどドラマチックでもない平凡な出会い方をしている。
振り返ってみると俺もまた、オンモード虎門さんの仕事ぶりをつい目で追っていた記憶がある。
とすると真実の虎門さん、オフモード虎門さんに触れてしまった時にだ。男子高校生諸君は幻滅どころか思わぬギャップと親近感にハートを射抜かれてしまいかねないではないか。
俺はノートパソコン越しに男子高校生らの虎門さんに対する淡い憧れの行く末を見守った。
「あの、ウェイトレスのおねえさん! おな、お名前は……!」
純情そうな男子が勇気を出してアタックをかける。俺はハラハラしつつ冷静に沈黙を保つ。
虎門さんは少し驚きつつ、すぐに涼やかな顔つきで答える。
「ごめんね、おねえさん彼氏がいるから」
「あ、はい、ですよね……! やっぱですよね! は、ははは……はぁ」
玉砕した男子高校生がへなへなと机に突っ伏して、友達にドンマイとはげまされている。
虎門さんがすっぱり冷徹に断ったのは俺の想定以上だった。店内に俺がいるとはいえ、名前のひとつも教えてやらないのはかなりの塩対応だ。ちょっと高校生に同情してしまう。
高校生らが帰った後、コーヒーのおかわりを俺が注文するタイミングで虎門さんはささやいた。
「ふふっ、カードん時もそっくらい顔にわかりやすく出とくれたら駆け引きばやりやすかとにね」
手玉に取るような一言だけ告げて、虎門さんは注文の品を置いて颯爽とまた仕事に戻る。
コーヒーカップは熱く、湯気立っている。
そして頼んでもいないラテアートが施され、ハートマークが描かれていた。
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