『ノースリーブ』
◇『ノースリーブ』
トレーディングカードゲームの必需品がカードスリーブやカードプロテクターと呼ばれる品だ。
カードの材質は基本が紙なので傷ついたり曲がったりしやすい。
二束三文のコモン(ありきたりな、という意味)カードはさておき、高価で希少なレアカードは大事に扱いたい。そこでスリーブの出番だ。
スリーブは主に三種類あって、まず無色透明や一色のみの無地スリーブ、次に様々な絵柄つきのキャラクタースリーブ、そして頑丈に保護するための硬質スリーブやオーバースリーブだ。
人によりけりだが、この三種類を組み合わせて三重スリーブにしたデッキを愛用する者も多い。
かくいう俺は最低でも二重スリーブにしないと落ち着かない。
ところが虎門さんは時々、スリーブをかけずにカードデッキで遊ぶときがある。
虎門さんは入門用の安価なスタートデッキを試す時などは気にせず生のカードを触るわけだ。
そしてTCGはお互い無作為化のためにシャッフルするので必ず相手のデッキに触ることになる。
ノースリーブはやはり、緊張する。
「公知くん、どして山札そぎゃん切りづらそうにしとっとー?」
「いや、ノースリーブ(のデッキ)をさわるの久々で……」
もたもた、のそのそ。
普段どうせ俺のは三重スリーブだからと安心しきっているだけに少しやりづらい。
「アニメのトレカは誰もスリーブばつけとらんとに不思議かねー」
「ああいうのは材質がとても紙とは思えない頑丈さだからな……」
「紙は儚いもんだけんねー」
そう話していると喫茶店のマスター、つまり虎門さんのお父さんの視線がこちらへ向く。
虎門さんのお父さんは五十代を過ぎ、このところ“髪”を気にしているらしい。
白髪交じりだが、まだ禿げ上がっている訳ではない。しかし逆にあるからこそ悩むのだろう。
「なぁ君たち、今、髪のこと話してた?」
「いえ、カードのことを。なぁ虎門さん」
「うん、紙のはなしばしよったよ?」
「カードね、カード!」
「……そ、じゃあいいんだけど」
ひやっとさせてくれる。彼氏の立場として、カノジョの父親だけは怒らせたくないものだ。
「んあー、公知くんこんデッキ新調したばっかとー? ツルツルしてまわしづらか~」
「ちょ!?」
おろしたて新品のカードスリーブは綺麗すぎて摩擦がたりない。使っているうちに手に馴染むのだが、組み立てのデッキがつるつるすべってしまうのはよくあることだ。
しかし今の虎門さんの一言を聞き逃していなかったらしく、マスターのコップ磨きの手が止まる。
「上に置いてるだけでほら。つるつるーってすべって落ちるんよ~」
「カードね、カード!」
するとマスターは頭上を気にしはじめた。まさか、いや、まさかな。
「ばってん公知くん、うちのノースリーブ好きゆってなかった?」
「俺が、ノースリーブが好き……?」
「ん」
虎門さんはデッキではなくて自分の肩口を指差す。
袖のないワンピース、露出した肩の艶めかしさに俺は息を呑んだ。
もっちりとつかめそうな二の腕がまぶしすぎる。
「ね、ノースリーブ、よかでしょ?」
「……よ、よかです」
「ちゃんとここもツルツルにしてあるとよ、ほらー」
「ごほっ、けほっ」
無邪気にツルツルを強調する虎門さん、こっちをじっと眺めてくるマスター。
前門の虎、後門の狼。
ノースリーブはやはり、緊張する。