『虎門さん語』
◇「虎門さん語」
俺の彼女、虎門さんは方言を好んで使っている。
虎門さんいわく、標準語っぽいものが喋れない訳ではないが落ち着かないらしい。
注目ポイントは「ば」と「と」だ。
『エアコンばつけてー』
という場合は「ば」は「を」に置き換えて「エアコンをつけて」と標準語に訳せる。
『なんばしょっとー?』
という場合は「何をしているの?」という意味になり、「の」が「と」に置き換わっている。
虎門さんの方言を、俺は彼女の魅力のひとつだと思っている。
しかし時々、個性を尊重するどころではないわかりづらいセリフがある。
一例を挙げよう。
「こ、とっとっと?」
意味不明。
難解すぎる。そうして困ってる様子の俺を見かねて、虎門さんは言い直した。
「これ、とってあると? て言いたかったとよ~」
いっちょ残しのお菓子に対して、食べないなら食べてもいい? と言いたかったらしい。
いいよと答えたらおいしそうに食べる。食い意地のちょっと張ってるところもかわいい。
だがしかし。
標準語に直してわかりやすくしたはずなのに『とってある“と?”』と語尾の「と」は外れてないどころかつづけざまに「とよ」が襲ってきた。
方言かわいい。
“とよ”とは何だ、俺には未知の響きだ。
用法的には「だよ」「のよ」「わよ」などが「とよ」に置き換わっているらしい。
『ばってん』
も重要だ。おおよそ「ばってん=しかし、だけど」という使い方を虎門さんはしている。
こうした虎門さん語に俺は時に魅了され、時に翻弄されている。
しかし虎門さん語が真価を発揮するのは方言を喋っている、その時ではない。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか~」
虎門さんは喫茶店の従業員として働いている間、普通に喋ろうとする。
普通にだ。
セリフだけ抜き出すとモブ化する、それくらい普通に喋ることをがんばっている。
裏返せば、虎門さん語を気兼ねなく使ってもらえるのはごく限られた一部の親しい人間のみ。
そう、彼氏の俺はその一部なわけだ。
そう考えると途端に、わかりづらい方言だって優越感に浸れる天使のささやきになる。
「時々ね、公知くん語がうちわからんとよねー」
「公知くん語……? いや、俺は標準語のつもりなんだけど」
「んにゃ、こーゆーこつたい」
虎門さんはテーブルに座って、カードを触っている時の公知のものまねをする。
「ワンチャントップ解決みでドローはプレミ、火力が丸い」
キリッと決め顔まで添えて、虎門さんはTCG界隈用語を乱発する時の俺をイジってきた。
(ぐわぁぁぁ……!!)
俺は二重の意味でぷるぷると震えた。
恥ずかしさと、虎門さんの決め顔の愛くるしさにだ。