『蛮族』
◇『蛮族』
【Wizard the gallery】《ウィザード・ザ・ギャラリー》
魔術師の回廊。
【WTG】は世界初の本格的なTCGとして三十年以上前に海外で誕生した。
俺は複数のTCGをカジュアルに遊んでいるので【WTG】については中級者がせいぜいだ。
虎門さんに至っては【WTG】のド初心者といってよい。
俺の使用デッキは以前エルフ談義に出てきた【ラクロスのエルフ】入りの『緑単一エルフ』他数点あるが、虎門さんは【駐屯所の子犬】と【犬を溶接せし者】を主軸にした『犬』と、ほとんど無改造の構築済みデッキくらい。
これでも手加減して俺は四軍五軍のつもりなデッキを使っているが虎門さんには難関だ。
ちょっとずつ上手くなっているおかげで『犬』デッキは五軍には勝率50%に達しつつある。
しかし四軍の『蛮族』デッキには勝率10%ほど、分が悪いと知りつつも「もっぺんおねがい!」とデッキをいじらずに再挑戦してくるので虎門さんは連敗を重ねてしまいがち。
「勝てにゃー! 全然勝てにゃー! ぎゃーん! もうこぎゃーん挑んどっとのに悔しか~!!」
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず。虎門さん、デッキを取り替えて対戦してみる?」
「や! だって『蛮族』ちっともかわいくなかもん! なしてゴブリン小憎らしかとかねー? そもそもゴブリンて何者と?」
ささっとネット検索し。
「元々のゴブリンは森に住み、人にいたずらをする妖精、だそうだ。雌鳥をおどろかせてたまごを産まなくさせる、ウシの乳の出を悪くする、等だそうだ」
「ゴブリンやたら酪農家だけ狙い撃ちにしとらん!? なんか恨みあると!?」
「森に住んでるってことは都市部では見ない妖精なんだろう、スローライフの天敵だな」
「でもカードに描かれとるのはイタズラどころか武器いっぱい持った軍団とけども?」
「民間伝承の古典的ゴブリンはイタズラ妖精だけど、ファンタジー作品だと“邪悪な子鬼”や“魔王の手先”という扱いだからな。【WTG】でもそうだ」
「実際すごく小憎らしか……ぐぬぬ」
「長年愛され親しまれる西洋ファンタジーの定番種族なんだけど、まぁ、嫌われるところまでが仕事みたいなもんだから虎門さんに恨まれるのはゴブリンも役者冥利に尽きるってとこかな」
「どうにかうち好みのデッキ構築で『蛮族』デッキ攻略ば考えんとねー」
等とゴブリン談義に一段落ついたところで虎門さんに着信アリ。
親友の牛崎さんだ。
「ほーほー、はえー! アスミちゃんそぎゃんコレカ強かと? お利口さんだけんねー」
『ほら、私用のカードはアスミのに負けやすいよう弱点タイプのを選んでもらったでしょ? はじめは手加減してあげてるつもりだったんだけど、気づいたら本当に勝てなくって……。それでアスミったら調子に乗っちゃって、今度はアンズちゃん負かすんだって言ってるのよー」
「はーん? ついこないだまでウッシーのお乳ば吸っとった幼稚園児が生意気を言いおってからに」
『よかったら今度うちに遊びにくる時、遊んであげてね』
「よかろう! おとなのおねえさんのおそろしさば牛崎家のいたずら妖精に教えてやらにゃーとね」
と虎門さんはWTGを机に広げたままコレカの話題に夢中になっている。
TCG掛け持ち勢にはしばしばある光景だ。
それはそれとして虎門さんが『ウッシーのお乳』なんて不用意なことを言ったせいで少し想像してしまった。人妻という属性、牛崎という名字、当人のグラマーさ。
話の流れ上、妖精ゴブリンにイタズラされる牛柄ビキニの牛崎さんを妄想してしまったのは二十代の男子として健全であると俺は自己弁護したい。
いや、今のはダメだ。忘れよう。流石に蛮族じみてる。俺には虎門さんという彼女がいるのだ。
「公知くん、どぎゃんしたとー?」
通話を終えて、不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる虎門さん。
その純真そうな顔つきが俺の良心を責め立てる。
「……いや、ほら、正直に白状するんだけども、ちょっと想像しちゃってさ、その」
「んなっ!? ひどかよ公知くん!!」
「ごめん虎門さん!」
「アスミちゃんにうちがボロ負けするとこ想像したとでしょ!? たかが幼稚園児に!」
「……え、あ、うん」
都合のよい誤解を俺はすぐさま肯定した。
虎門さんに「バカアホゴブリン~!」とぽかぽか叩かれるだけで済んだのはラッキーだった。
「あ、ゴブリンといえば思ったとけども」
「ん?」
「最近ウッシーアスミちゃん乳離れしたらお乳が出んくなった言うとったとよ~! これもゴブリンの仕業だったりするとかねー?」
と冗談めかして猥談を振ってくる。
虎門さんは時々、エロいことを平然と言ってくる。まるで俺をからかうように。
「あはは、公知くんってば真っ赤にしとってかわいかね~!
「んもー! 虎門さん!」
虎門さんは俺の素敵な彼女だ。
常日頃、カードゲームについては基本、俺がリードする立場にある。
しかしながら、俺はまだまだ恋愛については初心者であるようだ――。




