『孤独の虎門さん』
◇『孤独の虎門さん』
虎門さんには主に三人ほど親しい友人がいる。
牛崎さん、兎川さん、竜山さん。
その全員がカードゲームにハマっている素振りはない。
牛崎さんが良い例だ。早々と結婚した牛崎さんは娘さんが興味を示すまでカードと関わりがない。
つまり、虎門さんにカード仲間はいない訳だ。
虎門さんが対戦で弱い理由のひとつは、そもそも対戦する機会がほとんどなかったからだという。
それはなかなかに孤独だ。
トレーディングカードゲームに限らず、対人趣味は周囲に遊び相手がいないと張り合いがない。
家族や友人が遊んでいなくてもカードショップのような交流の機会もあるが、虎門さんはそうした場所を自発的に訪れることも少なかったらしい。
それでもカードに対する愛着は捨てきれず、長年、好きなものを集めて楽しんできたそうだ。
他人と共有できない“好き”を貫くのは大変だ。
寄らば大樹の陰。
周囲の価値観を基準にして生きることは一面正しいが、どうしても自分の価値観と不一致が出る。
なぜ、自分がこんなにも好きなモノなのに、あの人は興味を示さないのだろう。
自分の趣味を貫くより、あの人の趣味に合わせた方が楽なのではないか。
――そうしたことはTCGに限らず、いつでもあることだ。
「うぐわぁ! なぜ、ハヤシライスパンは売れなかったのか……! 人類には早すぎたのか!?」
虎門さんパパの苦悩するように、いつでも、どこにでもあることだ。
虎門さんはちょっぴり孤独なカードライフを過ごしてきた。
カノジョ曰く、本格的にカードゲームで対戦を楽しむ生活は俺と出逢ってからだそうだ。
きっかけはささいなことだ。
元々喫茶店によく通っていた俺はウェイトレスとして仕事する虎門さんのことを「可愛い……」と節々に思いつつ、何の接点もなかったので別世界の住人だと思って過ごしてきた。
一ヶ月か二ヶ月か、単なる店員と客としてのみ、同じ空間で同じ時間を過ごす日々だ。
転機が訪れたのは仕事帰りに家まで待ちきれず、喫茶店で新弾開封をはじめた時だった。
「……じーーーーー」
と声が聴こえてくる気がするほど、虎門さんは俺のカード開封を盗み見てくる。
退屈な床のモップがけ中に最新弾の生開封がはじまったのだから虎門さんは興味津々だ。
しかしその当時の俺とは何ら赤の他人、虎門さんは仕事に専念するフリをする。
お互い、他人だ。
たまたま同じ趣味を共有できそうな、見知らぬ他人だ。
そこにある透明な壁。
そこにある見えない境界線。
その向こう側へと一歩を踏み出す勇気とチャンスを、ふたりとも持ち合わせてはいなかった。
しかしだ。
「……ば、爆死だ!」
俺は三箱開封の結果、およそ考えうる組み合わせでも一番ひどい爆死をやらかした。
トップレア全すりぬけ、特殊加工の上位レア枠もイマイチ揃い。
一万五千円ほどの出費に対して、その半分にも満たない価値のカードしか出ていなかった。
しかも絶妙に、自分の実用予定のなかったハズレアが三枚揃っていた。
「要らねぇ……こいつ使わねぇ……」
絶望のどん底だ。
目の前が真っ暗になるとはまさにこのことだ。
「あ、あの!」
その時だ。
黒髪の天使はおそるおそる舞い降りた。
モップを抱えて気恥ずかしげに猫背になり、緊張しきったウェイトレスさんが話しかけてきた。
「そ、その子! わたしと交換しませんか!」
「……え?」
虎門さんなりに、きっと勇気を振り絞っての一言だったのだろう。
それ以来、単なる客と店員さんであった二人、俺と虎門さんは赤の他人ではなくなった。
彼氏彼女の関係性に発展するのはまだもう少し先のこと。
しかしカード仲間という間柄になれたのは、この時の盛大な爆死のおかげだった。
俺は心の底から想い、感謝する。
ありがとう、爆死。
でも二度と来ないでくれ、爆死。
毎度お読み頂きありがとうございました。
お気に召しましたら、ぜひ感想、評価(☆)やブックマーク等をよろしくおねがいします。




