『おねだりシスター』 ※【挿絵アリ】
◇『おねだりシスター』
出社日の帰り、少し疲れた俺は一人暮らしのワンルームな我が家にふらふらと辿り着く。
「ただいま」
等という相手もいないので無言で玄関で靴を脱ぐわけだが、なぜか明かりがついていた。
まさか虎門さん。
……と淡く期待するが、まだ合鍵を渡してるわけではないのだからそのはずもない。
まさか空き巣か、と警戒するが玄関に置かれたやや小さめのスニーカーで察しがついた。
俺の妹だ。
合鍵を持ってるのは実家の家族だけ。父母に頼めば妹ならいつでも合鍵を調達できる。
「久遠! おーいクオン! いるのか?」
リビングには居ない。ダイニングの方を見やると、床が少しだけ濡れていた。
点々と濡れた先には冷蔵庫があり、そこに妹のクオンがいた。
湯上がりなのかバスタオル一枚だけ身に纏ったほぼ全裸の妹は、俺が三分の一ほど残していたはずの大容量ペットボトルの麦茶を直飲みして、のどをこくんこくんと鳴らしていた。
ちらりと俺に気づいて視線を送るが、素知らぬ顔して麦茶を最後の一滴まで飲み干してしまった。
「ぷはっ! あ゛~いぎがえる~う~!」
「……おい久遠、それ俺の飲みかけだってわかってるよな?」
「気にする? いいじゃん兄妹なんだし」
久遠はそのまま冷凍庫からアイスモナカを引っ張り出して、三分の一だけ俺に「ん」と差し出す。
そして俺のことなどお構いなしに、アイスモナカをくわえながら脱衣所へ戻っていく。
「ホント、母さん譲りのおおざっぱさだな……」
女子中学生の久遠とは約十歳は年が離れている。俺は小学生の頃、友人と遊びたい盛りの頃に生まれてきたちいさな妹を見守るのに苦心した。おもちゃを取り合ってケンカするような年齢差ではないので、半分くらい保護者に近い立ち位置だ。
湯上がりにすっぽんぽんで歩き回られる程度のこともおむつ交換を手伝った過去を思えば、今更どうということはない。そういう間柄だ。
「あ、またプチ家出しにきたから週末はあたし泊めるねーお兄ちゃん」
「さも当然の権利が如く、こいつ……」
久遠はタンスの自分専用収納棚から慣れた手つきでパジャマを引っ張り出して着替えてくる。
一人暮らしにはすこし広いかと思った2LDKの我が家を、久遠は自分の秘密基地に作り変えている。
「聞いてよお兄ちゃん! お母さんってば来月のコレカ(※コレクトモンスターカードゲームの略)新弾2BOX予約するのに一万円おこづかいちょうだいっておねがいしたらダメって言うんだよ~!」
「それは母さんが正しい」
「そんなにほしけりゃお兄ちゃんに買ってもらいなさい、だって」
「それは母さんが間違ってる」
「あたしをカード沼に沈めた張本人なんだから責任とってよ~! ね~え~!」
コレモン着ぐるみパジャマ姿の久遠は一万円をねだりながら抱きついてくる。まさに怪物だ。
十代前半の久遠にとって、一人暮らしの年の離れた兄はまさに祖父母に匹敵する資金源だ。
そして久遠の語るように、おさがりの玩具として余り物を与えて、カード趣味を引き継がせてしまったのは半分くらい俺の責任ではある。ただし、昨今のコレモンブームを鑑みれば、俺と無関係に女子小学生くらいからかわいいカードを集めたがるきっかけは当然あるはずだ。
「……わかったよ、ただし現物支給だ。それと勉強の成績次第では没収とする」
「わーいわーい! お兄ちゃん大好き! えっへへー」
小悪魔スマイルで甘えてくる久遠。
これだから年の離れた妹というのは厄介だ。
そして新弾の発売日、俺は喫茶店にて、妹の久遠ではなく虎門さんにコレモン2BOXを手渡す。
虎門さんは不意のプレゼントに疑問符まみれになる。
「ふえ? どゆこと?」
「……妹の久遠に買っておいたコレカの新弾だ。悪いが虎門さん、もらってくれ」
「なして? 勉強がんばったごほうびにあげるんじゃなかと?」
「赤点だった」
「赤点」
「甘やかすにも限度がある。約束通り没収するが、俺の手元にあるとつい渡したくなるから……」
「……じゃあ! 仕方なかね!」
虎門さんは疑問が解消できると遠慮なしにパック開封をはじめてしまった。
もし「これは受け取れないよ」的な大人な発言が返ってきたらと気構えてたが無駄だった。
コレモンカード開封に一喜一憂するさまが久遠と重なってみえる。
「わーいわーい! 公知くん大好き! のえへへへー」
天真爛漫スマイルで甘えてくる虎門さん。
なんだか、でっかい妹がもうひとり増えてしまったようにみえて困る。
なお開封の結果【SSR:アネモネ】という二万円ちょいの高額レアカードが出てしまい、妹どころか俺までも“しまった……!”と軽く後悔するハメになるが、虎門さんの笑顔でよしとした。
毎度お読み頂きありがとうございました。
お気に召しましたら、ぜひ感想、評価(☆)やブックマーク等をよろしくおねがいします。




