『牛崎さん』 ※【挿絵アリ】
◇『牛崎さん』
虎門さんには主に三人ほど親しい友人がいる。
牛崎さん、兎川さん、竜山さん。
俺と直接面識があるのは牛崎さんくらいなので今回は牛崎さんについての話だ。
喫茶店「ミトラ」の常連客である牛崎さんは一児の母で、よく幼稚園のお迎えに行くまでの待ち時間をまったりママ友と他愛ない日常会話を楽しんでいる。
虎門さんは勤務中には牛崎さんとは一線を引いて従業員として接するので、牛崎さんとママ友の会話には加わることがない。こうしてみるとやはり仕事中の虎門さんはクールだ。
しかし何事にも例外はある。
「うちのアスミがねー、最近カードに興味津々で困るのよねー」
「ああ、わかります、おねだりがすごいんですよね」
牛崎さんちの長女アスミちゃんは幼稚園の年中さんだ。
「カード……!」
虎門さん、ついつい立ち止まって聞き耳を立てる。
それを仕事中にちらちら見守ってしまう俺。
「アスミにはまだ早い気もするし、何をどう買ってあげたらいいのか全然わからないのよね~」
等と気になる牛崎さんの会話に、そわそわする虎門さん。
あーだこーだと口出したいもどかしさに度々チラ見しつつ、ウェイトレスの仕事をこなす。
「アスミちゃんママ、そろそろお迎えの時間よ」
「あ、ホントだわ」
牛崎さんと幼稚園のママ友さん達が退店すると、虎門さんはすかさずスマホを連打する。
牛崎さんだけにアドバイスするために、ああしてまわりくどいことをしてるのだ。
「公知くん! このあと買い物ばいっしょ付き合っとくれんね!?」
「まさか牛崎さんちのアスミちゃんのために……?」
「そ! おねが~い」
「いや、それくらいは俺ぬきでもどうにかなる用事じゃないか?」
「それはそうとけど、ばってんね……?」
虎門さんは人懐っこい笑顔で上目遣いにおねがいしてくる。
「うっしーに彼氏を自慢する絶好のチャンスだけん、ね! おねがい!」
「はぁ……、虎門さんは負けず嫌いだな」
「これまで旦那さんの良かとこば散々のろけてきたお返しせんと気がすまんとよ!」
俺は少々あきれつつ、二つ返事で買い物に付き合うことを約束した。
くだらない張り合いであれ“自慢できる彼氏”といわれて悪い気はしなかったからだ。
そして俺は虎門さんといっしょにほんの一時間ばかり近所のカードショップを案内した。
牛崎さんは見知らぬ、テナントビル三階という隠れ家のような立地の狭くて古びたお店に戦々恐々をしている。もうダンジョン探索中に最後列でゴブリンにおびえる新米僧侶みたいな警戒感だ。
「あの、本当にここでコレモンカードが買えるんですか……? 確かに、コンビニや玩具屋さんで全然置いてなくて困ってはいたんですけど……」
「ここんとこ品薄ですからね、新品パックが売ってないんで中古品を扱ってる専門店をと」
「公知くんに任せればそぎゃん心配なかよ、うっしー」
「アンズちゃんがそういうなら……」
アンズちゃん。
虎門 杏子というのが虎門さんのフルネームだ。
俺はまだ気後れして下の名前でなかなか呼べないので、高校時代の学友の呼び合いが羨ましい。
いざカードショップに来店すれば、比較的新品でも在庫のある構築済みデッキを親子用に二つ、それにスリーブとケースなど大事に扱うためのサプライを提案、牛崎さんは購入した。
「子どもはカードを乱暴に扱いがちだから、失くしたりダメにすることもありますから当分はコスパを考えて高すぎるカードは買わないように。こういう備品でカードを守ってあげると長持ちすると思います。それと俺らの作ったオリパを差し上げますから、お手伝いのご褒美にでも」
虎門さんといっしょに作った五枚入りのオリジナルパック、略してオリパ。計10個。
内訳はノーマル四枚と余剰してるレアカード一枚。虎門さんチョイスのかわいいカード揃いだ。
牛崎さんは丁寧にお礼の言葉を述べると、後日なにかお返しの品を持参すると言っていた。
「こぎゃんしこうちの彼氏ば見せつけとけばうっしーも当分おとなしかったい」
えっへん勝ち誇る虎門さん。
しかし後日、この彼氏自慢が裏目に出る。
「ねぇアンズちゃん、彼氏くんとは“どこまで”進んでるの?」
「かふっ、けほけほ! なんば言いよっとねうっしー!?」
カード趣味には興味が薄くても、親友の恋愛事情には興味津々な牛崎さんなのであった。




