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第92話 世界のどこか、どこにでも……どこにも

 少年が声に振り向いた先、少女はお待たせと言って恥ずかしそうに笑みを浮かべる。はじめてのデートというわけでもないが、その日の最初の対面にはやっぱり少し緊張があった。今日は太陽が元気に過ぎるから私服の布面積が小さめというのもある。

 少女がどうかなを問う前に、少年は素直な感想を口にする。それは知識からでもあるし、ただ心からそう思っただけでもあった。

 行こうかと差し出す手も、頭と心の一致だ。

 気の早い夏が顔を出した今日この日に、少年と少女はデートをする。


 ショッピングといって荷物を増やすわけにもいかないから見て回るだけで、互いのセンスと興味と趣味嗜好を探り合うような時間である。

 もしかするとこの先にも思いがけず暑い日はあるかもしれないからと、主に少女が少年の好みを引き出そうとする。表情の機微だけで当てるにはまだ遠いから、言って、と。これどうかな? に若干の圧が込められているのは間違いなかった。

 そこには少なからず焦りや不安があった。

 三か月前、年に一度きり、女の子が勇気を出せる日、と少女は思うことにしているが、そういう機会に求めたのは自分だから。まだどこかもう一歩、実感が足りない。

 好きでいてくれている、には常に、はず、が続いてしまう。


 それを少年も感じ取っていた。

 少女が少年の顔に明確な色を見い出せるようになるより早く、少年は少女の声一つで多くをわかるようになっている。

 確かにあの日、自分から少女への好きはきっと親愛や敬愛と情愛の境界にあった。拒否するには惜しく、でもそれだけ。もうしばらくは良き友人でいようと、そう思っていた矢先の出来事だったのだ。

 今は少し、後悔している。


 ふと少年の視線が吸い寄せられたのはスポーツ用品店で、そのことには少女も目聡く気が付いた。

 寄っていこうよと言う少女自身は文化系の部活に所属しているが、少年が練習や大会で汗を散らし喜びを露にするのを見るのは好きだった。それを伝えたら、少年は恥ずかしそうにしていたが。

 少年の真意としては、いつか来るだろうその時を想像して羞恥を覚えたのだが、そこまでは少女には理解できていない。ということを少年は理解していた。

 あと一年と少しで訪れる最後、あるいはそれより前に。

 負けることなんて数多いが、意味と価値は様々だから。

 それまでに出来ればカッコいいところを多く見せられるように、少年は少女に馴染みの店を案内した。


 早めの昼食は予定通りで、それでもなおレストラン内に空席は数えるほどだった。

 家族連れや友人グループらしき人たちに交じって食事は手早く済ませた。特にこれといった特徴もない手頃でそこそこ美味しいどこにでもあるチェーン店は高校生の懐にも非常に優しい。

 放課後デートなんかでぶらぶら歩いたり、どちらかの家にお邪魔するような日なんかとは違って、出掛けのデートはどうしたって金がかかる。抑えられるところは抑えたいというのは二人の共通認識だった。

 映画を観るのだって安くはないのだから。

 併設の映画館に足を運んで事前に購入していたチケットを受け取る。

 話題作は話題になるくらいだから話題作なのであって、少年も少女も普通に興味があった。普通くらいに。


 結果としては満足がいった二人は適当なカフェの一角で感想会を開いた。結構動いてて面白かったなと少年が言い、主人公とヒロインが云々と少女が言う。そこらへんは価値観の相違に感心し合ったのだった。

 他にもゲームセンターと言えば、少年には対戦ゲーだし少女にはクレーンやプリクラだ。

 実はエアホッケーに才を持つ少女が少年をへこませた後、約束でしょとプリクラにも付き合わせた。

 ペットを飼うなら柴犬というのは共通だったが、知人に見つかって気にしないのは少年だけだった。

 少し先にクラスメイトを見つけた少年が声を掛けに行こうとするので、少女は唇を尖らせる。折角というのもあるし、羞恥というのもある。

 結局は向こうもグループのようだしということで声を掛けるのは止めて、それとなく進路を違う先に向けたのだった。

 見つけたということは見つかってることもあるかもよというのは少年のちょっとした悪戯心からの指摘ではあったが、この三か月内でも三指に入るくらいには失言でもあった。

 とはいえその程度で険悪が陰を差す関係でもなく、ただしそれはそれとして少年の財布がスムージー一杯分軽くなりはした。



 そういう普通の、日々が。



 優芽は吹き抜けから見下ろす二人から視線を外した。盗み見はよくない。

(でも……ちゃんと仲良さそうでよかった)

 勇気が足りないから、と。

 背中を押して、いや叩いて。

 と、言われて少々の躊躇がありつつも痛くないように叩いた感触を思い出す。ついでに希美の強烈な一発も思い出すから、優芽は苦笑いを堪えられなかった。

 あれは流石に想像以上に痛かったろうなと今でも思う。ありがとうが本心ではあろうが、言う表情の眉の形が歪んでいたのも事実だ。

(でもま、そういうとこが希美のいいとこだもんなー……)

 自分の右手の平を見詰める。

 思い付きで思い切りお腹に叩きつけてみた。だって自分じゃ自分の背中には届かないし。


「なにを……やっているのですか……?」

「あ、アハハ……いや……わかんない」

 横合いの涼の珍しい本気の困惑に見下ろされて、蹲る優芽としては笑うしかないしなんで自分で自分の腹を叩くなんてことをしたのかは自分自身にも明確な解がない。

「なんとなく、やりたくなって?」

「はぁ……?」

 あとたった246日の間に、やるべきことは無数にあった。

二章区切りです。ここまでご愛読いただきましてありがとうございます。


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