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第83話 何もしなくたって何もかも変わりゆく

 期末試験の次の週には卒業式が執り行われる。委員会での役割でもない限り三年生以外は休日扱いであり、だから優芽が登校しているのは自主的なものだった。

 部の先輩たちに花束を贈るだけの大事な用事があるから、休みのところを制服に腕を通すのも苦ではなかった。式の後、短い時間ではあってもだ。

 三年生の先輩たちとは少ない会話をしただけで離れた。「おめでとうございます」と「ありがとうございました」を心から伝えられたこと。「ありがとう」を素直に受け止められたこと。

 よかった、と思う。この高校で、バドミントン部で、先輩たちと会えてよかった。

「なんか……実感、するよね。卒業しちゃったんだね先輩たち……」

「そうだね……」

 同学年の子と笑い合う。

「明日も部活来るって言ってたけどね」

「ね」

 感傷を台無しにしてくれる先輩もいたわけである。それも、よかった、と思う春めいた冬の終わり。

「私たちももうすぐ二年生か……」

 遠くない日を思って優芽はまだ芽吹かない桜を見上げた。


 バドミントン部は他部に負けじと男女の仲がいいから、流れでそのまま大所帯で移動した。駅前の複合施設にはそんな集団が数多い。今日は特に紀字高校の生徒が大量に押し寄せていた。平日昼間でもあるから校舎における光景にかなり近いところまではいったかもしれない。

「クレーンなら任せてくれ! 優芽、なんか欲しいもんないか!?」

 優芽は別クラスの男子にそんなことを言われたり。

「白木ちゃんなに飲む?」

 先輩男子に気を使ってもらったり。

 もちろん優芽ばかりがそんな扱いだったわけではないが、若干の苦笑いが内心に零れてしまったのは仕方のないことだろう。

 場を離れて休憩をとっても、まったく仕方のないことのはずだった。

「琴樹、なにしてるのかなぁ」

 卒業式だけど学校行く、と伝えてはいる。琴樹からは一言、わかった程度の短文が返ってきただけだった。今スマホにチャットアプリを立ち上げたってそれは変わらないし、新しいメッセージが届いていることもない。

「むぅ」

 別に普通のことだと思う。優芽もそれを全然、おかしなこととは思わない。納得とは別の話だが。

「こんなとこで……なに膨れてんの?」

「んー別にぃ。ちょっと休憩」

「そ。上あがるってさ。そんだけ」

「おっけーありがと。すぐ行くね」

 どうやら上の階に移動するらしい。優芽は五分ほどしてから合流した。



 三年生が卒業を迎えても、在校生の三学期は終わらない。週明けの教室で優芽は首を傾げた。

「ねね、琴樹は? まだ来てない?」

 朝練があった後には大抵、居るのに、今日は顔が見えないどころか席に存在の痕跡すらない。

「幕張君? さぁ。見てない気はするけど」

「そっかぁ」

「気になるねー?」

「うん」

 土日(休み)の間もほとんど話せなかった。用があるとかどうとか。教えてくれないし、は優芽の一方的なわだかまりではある。手元も見ずに鞄を整理する優芽は、前の席のクラスメイトが肩を竦めた事には気付かない。

 まぁいっか。休み時間に話しに行こうと優芽は思って席に座った。

 明日のことを考える。

 なにくれるかな、と。

 明日は三月十四日、ホワイトデーである。


「で、そんな落ち込んでると」

 ホームルーム後の休み時間に自分の机に突っ伏す優芽を、希美は上から見下ろして軽くため息を吐く。

「落ち込んではないもーん」

「どっちでもいいけど。気になるならお見舞いでも行けば?」

 希美の隣から素っ気ない風の声は小夜のものだった。落ち込んでるんだか元気がないんだか消沈してるんだか、どれでもいいが負のオーラを纏われていては不快だ。

「あぁでも、家の場所知らないんだっけ?」

 なのでついでに刺しておく。小夜は『先輩』の家を知っているし行ったこともある。しかもなんと二人きりで『先輩』の部屋でお喋りして遊んで。

「や、なんで小夜までどんより空気? マジ勘弁なんですけど?」

 二人きりだったのに、爪の先ほどもいい雰囲気になれなかった古傷が開いた。自分で開いたわけだが。

「まぁよくわからんちだけど、一日体調不良くらいでお見舞いは重いんじゃない? ぶっちゃけ」

「それはたしかに。……やっぱやめとこ」

「やっぱってあーた、行く気だったんか……それはやめといた方が、よろしくないかい?」

 優芽の行動力に引きつつ、希美はもっとずっと当たり障りのない案を挙げる。

「連絡とかは? どうせもうしちゃったでしょ? 返ってきてないの?」

「うっ……既読もつかないぃぃいいい」

「あーよしよし泣かないのぉ。……よぉしよしよし、おしゃしゃしゃしゃ」

「動物なのよそれじゃ、扱いが」

「まぁ! こんなに可愛らしいアンポンタンを動物だなんて!」

「希美……」

 迫真の声色に誤魔化されそうになって、優芽ははたと気付く。

「ん? いや待てアンポンタンってどういうことだ」

「……おしゃしゃしゃしゃ」

「んあぁ! はーなーれーろーぉー」

 じゃれる二人のおかげ様で春先に氷点下の気分の小夜は、眼差しにも隠さない。感付かれることすらなかった。

 嘆息溜息、呆れて息を吐き出す。

 とりあえず現状どうしようもない問題は放置して、他愛のない雑談に切り替える。

「あんたらのそれももうすぐ見納めかもだし我慢するけど」

「いやじゃ! わたしは来年も再来年もその先も! この子と一緒に居るんだっ」

「うわぁ……それは何の漫画のセリフ?」

 するっと解放された優芽は肩を回した。

 ただの下らない話。

 けれどもそう、終わりの可能性はあるのだ。いや間違いなく終わる。

 絶対にもうこのクラスがそのままなんてことはない。

 希美がいないかもしれないし、涼がいないかもしれない。文が、小夜が。

 琴樹がいないかもしれない。

 それは。

「やだなぁ」

「なにが?」

「……春が来るのが」

 希美と小夜は顔を見合わせて「「詩人だね」」と冷やかした。



 次の日に、琴樹はひょっこりと登校してきた。いつも通りの様子で仁と話している。

 というのを、優芽は朝一に確認してほっと息を吐き出すのだった。

 次いで眉を顰めたのは、友人とはいえ仁が邪魔だなと思わないでもなかったからであった。

 とにかくよかった、とそう思うことにしてホームルームに担任の声を聞き流し、しかし一時限目が体育のせいで琴樹と話す時間は取れなかった。

 その後もなんだかんだとタイミングが合わないというか琴樹の隣が空かないというか、そんな具合が続いて優芽の悶々が閾値を超えそうな昼休み、ようやく優芽に機会が巡ってきたのだった。

「……わるい、なんかあったっけ?」

 お手洗いや食堂に続く廊下ではない。優芽は追いついた琴樹の制服の裾を後ろから思いっ切り掴んだ。ついでに目一杯に睨み上げる。

「どこ行くの」

 本当は教室内で声を掛けるつもりだった。けれど隣の子に捕まって、出遅れたと思って急いで教室を飛び出して見つけた後ろ姿だった。その背中に手を伸ばしたのは朝からずっとそうしたかったからだし、今そうしなきゃいけない気がしたからだった。

「どこって、職員室だよ」

「職員室」

 優芽は目を瞬かせる。担任の先生に用があるのだと琴樹は気負いもなく言う。優芽の、琴樹のブレザーを掴む右手の力が弱くなる。

「そっか……そっかそっか。あはは。や、うん。あ、急ぎ?」

 両手を胸の前に開くのは、心のどこかに離しましたよ掴んでませんよをアピールする意図があった。

「一応、昼休み入ってすぐってことで呼ばれてる」

「そうなんだ、じゃあごめんだね、引き留めちゃって。うーん、じゃあ、あとで、話せるよね?」

「あぁ、あとでな。……そうか、今日はまだ……昼、いや次の休み時間、次の時間だな。何かない限りは、次の休み時間に話しに行ってやらんこともない」

「なにそれ。琴樹は私と話したくないんですかぁ?」

「おけおけ。話しに行かせていただきます。……あ」

「あ?」

「なんでもない。あとでな。わるいそろそろ行くわ」

 琴樹が去っていくのを見送る優芽は一つ考えた。

 絶対、何かある。

 女の勘、なんて大層なものじゃない。

 優芽に言わせれば、どう考えたって様子がおかしいのだ。

 教室に戻って「どこ行ってたんだい?」に「琴樹とちょっとだけ、話してきた」と正直に答える。

「おー、おーそうすか。どこ行ってたか心配してたんだよ。そかそか、大丈夫そうでよかった」

「大丈夫そうって、どういうこと?」

 おかしい。琴樹も希美も。「あ……や……別に、その」なんて、なんでそんなに目が泳いでいるの?

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