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第82話 神様の羅針盤

 篠原希美は付き合う相手を探している。恋人。彼氏。

 正確には、そうなりたいと思える人を探している。喜怒哀楽を分かち合いたいと思える人を探している。


「花の女子高生だよ!? 恋とか愛とか! しなくてどうするっ!?」

 春は出会いの季節だ。新しい学校、新しいクラス、新しい環境に、先手必勝こそが大事じゃない? と希美は少しだけ無理をした。

 元々どっちかと言わず社交的とは自負しているが、それにしたってクラスの中で一番って程喋るタイプじゃない、本当は。だから少しだけ、無理をした。

 一年が経とうとする今日には身になったから、無理もあながち間違いではなかったのだろう。


「もたもたしてたらチャンスは逃げていくんだぞー?」

 夏には長い休みと熱がある。たぶん間違いなく一番の勝負所。仲のいいグループも出来上がっていて、男子も交えてプールにも海にもお祭りにも行った。花火もした。

 わかりはじめた。

 このクラスで、どう頑張っても、希美は主役にはなれない。そんなこと、中学でだってそうだった。大丈夫と鏡に唱えた。別にトップになりたいわけではないから、それは本当に大丈夫。


「先輩ってのもありだよねぇ。やっぱ年上って頼りがいあるし」

 秋が訪れる頃には、衝動的で勢い任せではいられない。固まった人間関係、おおよそ理解した性格、人間性、趣味嗜好、誰をどう思っているか。恋すら落ちるより滲むように湧き上がることの方が多いんじゃないかと、それは希美の考え方ではある。

 焦ったって仕方ないと頭ではわかっていて、なのに諦めきれないのはたぶん、他に何もないから。日常生活に支障のない膝なんて、そんなものに如何ほどの意味があるというのだろうか。価値が。


 そうこうしている内、秋が深まったある頃からだ。

「優芽ぇ? どぉこ見とるかぁ?」

 特に仲のいい子の一人が、わかりやすく変になった。お? っと思った。

 なにやら同じ男子を目で追っている。話している。ふむふむわたしの優芽を誑かしたのはどこのどいつだ、と、希美は優芽の後を追った。

 あぁそれが、いけなかったのかもしれない。

 顔は悪くないけど、流行りのタイプじゃない。ハンサムみたいな表現よりもっと怖い印象だから、好き嫌いあるだろうなって感じ。

 背、というか体格は大きい。学年で見ても上位10%には入るだろう。でも、その割に体育で活躍してるのは見聞きしないかな? というのは後々、詐欺じゃんって思ったことだけれど。

 希美は自覚なく、優芽と同じくらいに見ていたのだ。

 頭いいっていうのは聞いたことあったけど『成績優秀者』に比肩するレベルとは思っていなかった。学年で一桁なんて希美には夢のまた夢。

 優芽や希美でなくたってわかるくらい、積極的に話すようになった。男子相手にしろ教師相手にしろ、女子相手にだって。そうして希美自身も話すようになって、意外と趣味が合うこともわかったのだ。少年漫画とかアニメだとか、兄の影響は大きいものである。

「付き合っちゃいなよー」

 冷やかした。

「買い物の予定は今んとこないんだよなぁ」

 はぐらかされた。

 大丈夫と唱える日々が続いた。

 大丈夫、漫画の展開に一緒になって笑い合ったって。

 大丈夫、ちょっとした余興の眼鏡に誉め言葉を貰ったって。

 大丈夫、誰かのために必死になれる人だと知ったって。

 大丈夫。


「攻め時というのが大事なんっすなぁ。わかってるのかこのこのぉ!」

 冬もまた恋の季節。夏とは違う、甘い恋の。

 冬休みに冷静さを取り戻したつもりの感情は簡単に揺さぶられて、その度に『これは違う』と鏡に言い聞かせて、また揺れて、宙ぶらりんのまま身動きできなかった。

 小夜のようにも優芽のようにも動けないまま、終わるはずだった。

 恋ではないと強がれる内に。

 どうして終わらせてくれなかったんですか?


 神様は残酷だ。


 それはバレンタインデーのほんの少し前、本当に本当に、あまりにも予想だにしないことだった。

 倒れている人がいたから慌てて救急車を呼んだら、それがクラスの男子の母親だったなんて、どんな偶然だ。どんな奇跡だ。

 どんな運命だ、と、誰か言って。

 救急車に運ばれた人とは希美はまだ会話はしていない。かなり危ない状態だったらしく「まだ目ぇ覚めないからさ」なんて、そんなことを言われてはどう返していいかわからない。

「他言無用で頼む」

 希美だってその気持ちはわかる。でも、ねぇ、それは「二人だけの秘密で」ってこと、なんだねやっぱり。

 揺れる揺れる。

 希美が琴樹の母を見付けたのは琴樹の家の前だった。突然に始まった一人暮らしを図らずも知った。

 揺れる揺れる。

 揺れて、希美はいい友人ではいられなかった。

「家にずっと一人って寂しいでしょ」「ごはんどうしてる?」「あーそういえばあのゲーム持ってるんだっけ」

 友人失格だと希美自身が誰より思う。

 応援しているのは本心。

 期待しているのも本心。

 それでも辛うじて、本当に辛うじてではあったが、希美はバレンタインデーを優芽の友達のまま迎えられた。

 また、思いがけないことにはなってしまったけれど。

 トランプをしてゲームをして、話をして、楽しい時間にすぐ立ち直る自分を少し嫌悪して、そうしてあの時に見てしまったのだった。

 その日まで一度も開かれなかった扉の向こう、写真立てに笑顔を咲かせる茶金の髪の少女を。

 大丈夫。


 中庭のベンチに二人で並んで座っている。仁は「そういうことなら」と先に教室に戻った。気を利かせたのは、話題が話題だからだ。

「目、覚めたんだね。よかったよーほんと。いやぁ……ほんとに」

「あぁ。お医者さんも言ってたよ、発見が早かったおかげだって。大袈裟じゃなくって、かんぺきに篠原のおかげだな」

「ま、感謝してよね? 冗談だよ?」

「わかってるって。それと、心配して気に掛けてくれたのもありがとな。たぶん……」

「んあ? たぶん?」

「たぶん、一人じゃきつかったと思う。大丈夫だって言ったけど」

「じゃ……じゃあ今度また面白い漫画とかゲームとか教えてねそれでチャラ」

「そんなにか。わかったよ」

 早口の希美が随分と娯楽に飢えているものと思って琴樹は早速、脳内にいくつか作品を思い浮かべた。

 希美は深呼吸に気持ちを落ち着けて「それと」と続ける。

「琴樹の部屋にある写真」

 のことを訊かなければならない。

「あれ……誰?」

 琴樹はしばらく黙っていた。希美も待ちの姿勢を崩さない。

「……あれは……舞ねえちゃんだよ」

 琴樹が口にした答えを半ば予想していた希美は驚くことはない。ただ拳を握る。

 その予想は勉強会の日、優芽が髪を切ってきた時に浮かんだものだ。

「最悪」

 吐き捨てるように言って立ち上がる。


 もう一度「最悪だよ」を残して去っていく希美が見えなくなってから、琴樹は手に持ちっぱなしだったゼリー飲料を口元に運んだ。

 この味もそろそろ飽きてきたなと、そんな思考は現実逃避じみている。

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