第8話 幼女は王子様の夢を見ている
がたがた、どたどた、といった音の意味を涼はおおよそ察していた。近づくパタパタという足音の正体を。
「涼! 涼っ、涼、あの、涼あれ……ち、違うよねっ!?」
濡れた髪とバスタオル一枚巻いただけだなどと、せっかく治りかけの体調をまた崩してしまうと思いつつ、涼はまず優芽の疑問に答えることにした。
「いいえ。優芽が思い出したとおりなのだと思いますよ」
「うそでしょー!?」
「優芽あんた! なんて格好で! ぶり返すわよ!」
母親の叱責に優芽が「わわごめんなさい!」と忙しなく来た道戻る。
「うそうそうそ、うがあぁぁあああ!」
また響くかつてないほどに取り乱しているらしい優芽の声に苦笑を漏らした涼に、母親の白木早智子が謝罪する。
「ごめんなさいねあの子ったら」
「いえいえ。本当に、よくなって良かったです。それに、芽衣ちゃんが起きなくて」
「まったく本当にあの子は。涼ちゃんの半分でも落ち着いてくれればいいんだけど」
そう言って台所に戻っていく女性の背中に、涼はまた違う見解を考える。自分が落ち着いているなどと、それは見え方のせいに過ぎないのだと、そう思っている。諦めれば静かに見えると、自分自身に知っていた。
〇
白木家のリビングでゆったりとした時間が流れる頃、お風呂でもやはりゆっくりと時が過ぎていた。見かけ上は。
当初はシャワーで汗を流すことだけ考えていた優芽だが、浴槽に湯が張られているのに気付けば考えは変わるもので、入浴剤で白くなったお湯を意味もなく両手で掬いながら、風呂の温かさのおかげだけではなく頬から額から、赤くさせていた。
「ばかばかばかばかばか」
自分に対して、そして理不尽を承知でクラスメイトの男子、黒髪眠たげ男子、幕張琴樹に対して罵倒を連呼する。
「なんであいつ」
(うち来てんの!? 意味わかんないんだけど! 意味わかんなーい、のは私もだし! なんで家に上げてんの!? しかも自分はソッコー寝るとか!? ばかじゃないの!?)
左右の腕を鋭く突き出せばバシャバシャと水が跳ねる。空を殴っても体の熱は上がる一方だ。湯船に温まるのでもなく、風邪に熱を出すのでもなく、羞恥に体温が急上昇していた。
(はっ! あいつ、寝てる私に変なことしてないでしょうね!?)
口元まで湯に沈めて肩を抱く。それから、すぐに考えを改める。
(それはない、か。涼も、すぐ来たはずだし……お礼言わないと。……幕張にも)
ようやっと落ち着いて、むっとしながら思う。唇を尖らせることに意味はない。ただなんとなく納得いかないだけ。
優芽が考えるに、芽衣を助けてくれたのだということはなんとなくわかる。
(けど……恥ずかしいカッコ見られたのはマジだし……幕張、冷静だったな……)
ただ、自分だけが取り乱していることが、なんとなく、納得いかないだけ。