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第78話 mission4:手を繋ごう

 科学館を満喫し尽くすその最後の場所として、琴樹は優芽を館内の一角に連れてきた。

「フィクションビルディング、展?」

「SF、ってあるだろ? 例えば映画とか。近未来だとか、他の、地球じゃない惑星が、とか」

「あーそういうことか」

 そこには優芽が納得するに足るものが展示されていた。好んで観ることはないし、大して興味があるわけでもない。それでも有名な映画なんかは視聴したことがあって、その中で特徴的な要素がいくつかあった。

 異星人やサイボーグといった人型だけど異質な存在。

 そもそも人型どころか見たことも聞いたこともない形状をした生物。

 光線、巨大な浮遊物、ワープといった超科学。

 そして見るからに不思議な建造物の数々。無駄に曲面を多用してたり、キラキラしていたり。

「住みにくそうなんだよねぇ、これとかも」

 批判的ではある。意見としては否定寄りになってしまうくらい、家具や収納が建物と一体化されすぎている白い住居を、優芽は顎に指を添えて眇め見た。一例だ。それがたまたまいつだったか見た覚えのある形の模型だったから近づいてみたにすぎない。

「まぁ……わかるけどな」

 琴樹も優芽の隣に並んで苦笑する。模型になっている住居の外観や内装は一見すれば洗練されているが、少し考えれば毎日の生活には不便だろうことは見当がつく。

「でも、カッコいいだろ? だろ、というか、俺はカッコいいと思うんだよ」

 同意を求めたのが女子かつ自分が提案して連れてきた相手だと思い出して、個人的な意見に挿げ替える。

「そっか……うんごめん、カッコいいとかはよくわかんない」

 知りたいのであって同じになりたいのではないから、優芽は素直な感想を言葉にして、素直な思いを続ける。

「でも琴樹は好きなんだね、こういうの。うん。なら私も見ておきたいかな。面白そうなのとかはあるかもだし」

 一室だけの小規模の展示だ。模型がメインのようだが、それさえ両手の指に満たない。

 軽く全容を確かめて、優芽は笑みを浮かべた。

「教えてね。カッコいいってやつ」

「あぁ、任せろ」



 まぁ無理だったわけだが。

「あー、やっぱよくわかんないってぇ。なんで自動ドアが縦に開くとカッコいいの? 不便じゃない? 不便というか怖いもん、下からウィーンってされるの」

「ビビりめ。こう、最初は顔が見えないってのがいいんだよ。誰だ? おまえか! みたいな」

「それ、ドア入る人視点、開ききるまで前見えないじゃん。やっぱ不便」

「かーっ、この現実主義者め!」

 今までになく言い争う。二人は全く遠慮なく論じ、相手の意見を否定するのに躊躇はない。

「あとガラス張りの……劇場だっけ? 床までガラスのさ。あれ、まだ許してないから」

「……それにつきましては、本当に申し訳なく」

 その話題は少々琴樹に分が悪い。とある長編ドラマに登場した建造物の内装だが、ドラマ自体が年齢制限ありのものである。

「変態」

「はい……すみません……」

 琴樹はちょっと調子づいて言わなくていい解説をした10分前の自分を恨む。


 琴樹と優芽は今、館を後にして駅に向かっている。陽がもう沈みかけの時刻だ。

 優芽は駅前にカフェを見つけた。往きには見落とした店。

「お、っとわるい。少し早足でいいか? 電車、もう来そうだ」

「あ、うん、だいじょぶ」

 時間を調整して出てきていたが、道中をお喋りに気を取られ過ぎていた。

 言う間に速度を上げる琴樹に、優芽は引き留める言葉は吐き出せない。それはこの後に琴樹がバイトに行くと知ったからだ。

 不満はある。寂しさのようなものも。

「何時くらいまで居る感じ?」

 数時間前に軽い気持ちで訊いて、聞いたのだ。「バイトあるし」をさらっと前置きにして答えてくれた琴樹に対して文句の一つや二つはある。実際に零しもした。

 ただ、バイトの理由を知ってもいるから、強い言葉は投げなかった。

 大学、などというのは優芽にはまだずっと先のことにしか思えないけれど。

 琴樹の背中を追いながら、見える距離以上の隔たりを感じるのは、今日一日が楽しかったせいだと優芽は結論付けた。

 駅に着いて改札を抜けて、帰りの車内は混んでいた。乗り込む前、駅のホームの時点でなんだか人が多く、優芽が危惧した通りにやって来た電車は乗り込む前から窮屈そうだったのだった。

「混んでるね」

「そうだな。離れるなよ?」

 優芽はまた小さく吹き出す。「カッコいいじゃん?」と揶揄う心のゆとりはあるし、琴樹にも「だろ?」くらいの余裕があった。

 そうして乗車した車内だが、どう思っていようと人の流れは読めないもので優芽が「あ」と呟いた時には手遅れになる一歩手前だった。ならなかったのは琴樹の手の方が早かったからだ。

「結構、抜けてるとこあるよな」

「……それは余計なんだけど」

 小声に交わした会話はそれきりだったが、繋いだものは優芽が電車を降りるまで離れなかった。

 惜しむ間もない別れが、優芽には少しも苦ではない。

 今乗っていた電車が出発し見えなくなるまで余韻に浸ってから改札へ向かう。

 すぐに家に帰る気にはなれず、なんとなく一人で喫茶店に入ってみた。

 ミルクティーが甘く感じないのを不思議に思う。事実としてはシュガーシロップを入れ忘れているだけである。

 スマホを取り出して届いていたメッセージに口角が上がりきって、はっとして取り繕う姿はなかなかの挙動不審だったが、幸か不幸か指摘する者はいなかった。

「そ、そうだ連絡しとこ」

 誰にでもなく言ってグループチャットに短文を送信する。

『いま帰ったよ。すごく楽しかった』

 あまり頭を使った文章ではない。

『承知しました。よかったですね』

『早くない?』

 あたりは常識的な返信。

『お赤飯炊こうねぇええええええ!!!』

『ずるいずるいずるいずるいずりいずるいうらやましい』

 あたりは非常識な返信。

 どれも驚異的な即レスではあった。

 二次会はグループ通話に、参加は女子五人が予定されている。

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