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第77話 mission外ですっっっ!!!

 琴樹が受付の女性に整理券を渡すのを、優芽は斜め後ろから覗き見した。

「いつの間に貰ってたんだ」

「さっきな」

 優芽が花を摘む間に急いで貰っておいたのだ。想像以上にゆっくりめでよかったみたいだったが。

「どうぞお入りください。……よい空に巡り合えますように」

 決まり文句と思われる言葉と、多分に私情が入っていそうなにんまりとした笑みを受けてホールに入場する。

「ふふ。なんか、そんな気はしてたんだよねぇ」

 館内の壁に見かけた時から、ここにはきっと来るんだろうなと優芽は思っていた。

「なんだかんだ小学生以来かも、プラネタリウム」

 今はまだ真っ暗な空を見上げて呟く。

「そういえば、星は涼が詳しいよね。星座がわかるのってなんかロマンチックだなぁ」

「一緒に知っていくってのも、いいもんさ」

「……ロマンチストさんなんだ?」

「いやそんなことは」

「あ、思い出した」

 優芽は思い出し笑いを右手で隠す。隠しきれるわけもない。

「世界が色づいて見えちゃうんだっけ?」

 琴樹が口をパクパクとさせるばかりになってしまうことも、優芽は楽しい。心から今日が今がこの瞬間が楽しくって仕方ない。

「あぁくそ。そうだよ。……君たちが……君が鮮やかに見えたんだよ」

 楽しくって仕方ないけど、打たれ強くなるわけではないので。

 優芽は顔中を色づかせてゆっくりゆっくりと椅子に体を沈めた。ふわふわしているのはソファ材の座席だけではない。


 もちろん星の歴史も星座の成り立ちも頭に入ってこない。優芽もそうだし、琴樹もだ。

 やべーこと口走った。と、羞恥心だか悪寒だかよくわからない気分で内心に冷や汗だらだらである。

 とはいえ三十分間の上映の間中、心ここにあらずというわけでもない。しばらくして落ち着いた琴樹と優芽は移り変わる星空を無心で眺める。

 どちらも、というのは、夜と星に心奪われたのもそうであったし、それを二人で感じたいと求めたのもどちらもだった。

 だから触れたことがあまりに当然で、触れたことにさえ気が付くことはなかった。どちらも。



「綺麗だったな。やっぱ黄道十二星座って名前がカッコいいよな」

「うん……」

「……優芽?」

「うん……あ、うん、えっと、き、綺麗だったよね!」

 本当に素晴らしい映像と物語だったが、それが通り一遍の感想になってしまうのは左手に残る、ような気がする感触のせいだ。

 一生懸命に思い出してみるものの、どこまでいっても不明瞭で不鮮明で不確かな残滓が、それすら今にも消えてしまう。

「ん。なんでもない。綺麗だったね、お星さま」

「あぁ。すげぇ綺麗だった」

「んー?」

「……何を言わせようとしてるのかなんとなくわかるけど……言わねーぞ」

「つまんないのー」

 言わない、ならまぁいっか。

 思って、自分の欲が深くなってきたと気が付く。でもそれもまぁいっかと思う優芽は、少し浮つきすぎていたのかもしれない。

「きゃっ!?」

「ぅわっ!?」

 同時に響いたのは優芽と、小学生くらいの男の子の声だった。

 幸い男の子の方はその場で多少ふらついただけだったが、優芽はよろめき体が傾く。

 琴樹が肩に腕を回さなければ、あるいは壁にぶつかったか、悪ければ尻もちつくこともあったかもしれなかった。

 琴樹が咄嗟に動いたからそうはならなかったが。

「すみません。大丈夫ですか?」

「いえいえ、こちらこそ。大丈夫よね勇太? って、こら勇太! 待ちなさい!」

 勇太君とやらはやんちゃな気質のようで、ぶつかったくらいのことは気に留めないようだった。走る背中が遠ざかる。

「ほんとうに。ごめんなさい。ごめんなさいね」

「いえ。行ってください。お気を付けて」

 惑う母親に促して琴樹はもう一度、勇太君に目を向ける。見える範囲のロケットの模型に興味を惹かれたようで一安心だ。

 視線を下げて茶に近い金色に問いかける。

「大丈夫か?」

「……だ、駄目かもしれないですぅ」

「あ、わるい」

 肩に腕を回して引き寄せればそういう形になることもある。周りの人たちが生温かく、あるいは冷ややかに視線を送るような形になることもあるものだ。



 衆目から逃げ延びた先は館の外にある遊歩道だった。敷地内を回るだけの短い道程で、だからかわざわざ訪れる人は少ない。タイミング次第では他に誰もいないようなこともある。今もそうだった。

「もう……もう!」

 優芽はずっとこんな調子で頬を膨らませている。振り切った感情が怒りのガワを借りて発露している。そうしたいわけではないが、それ以外に心身に渦巻くものの発散の仕方がわからなかった。

 白木優芽は幕張琴樹と一緒に歩いている。

「ね、琴樹、私……」

 言いたい。でもやっぱり、先に言われたい。

「楽しいよ。嬉しい。ありがと、誘ってくれて」

 僅かな逡巡の末に選んだのは言いたいことだけで、短い遊歩道はそれで終わり。

 でもその先に、道は続くと優芽は信じ切っている。

「ありがとうは、俺の方だよ。来てくれてありがとう。一緒に、ここに来てくれてありがとう。……君とここに来られてよかった。ありがとう」

「うん」

 信じられる幸福に心地よく麻痺している。

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