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第76話 mission……とかは忘れて楽しもう

 四駅というのは優芽としては、意外と近いな、が最初の感想だったが、そういえば四駅も電車に乗ったら相当に色んな場所に行けるかと考え直したものだ。

 それにしてもこんな施設が割と身近にあるなんて知らなかった。

「ま、そんなもんだと思うぞ。特に女子は。やっぱ男の方がこういうのは興味あること多いんだろうからな」

 白い大きな建物を前に率直な意見を述べた優芽に対する琴樹の返事である。

「別にだから何だって話じゃないけど……そういうもんだろ、たぶん、一般的に」

「それはそのとおりだと思う。私もこんなところあるのさえ知らなかったわけだし」

 優芽は辺りを見回した。「でも」と続けるべき光景が館の受付前に見えている。

「けっこう女の子もいるんだね。あと大人の女の人も。ってこれは……うん、うん、うん」

 チケット売り場の列、自動ドアに吸い込まれていく人たち。男女比は間違いなく男性の方が多いが、圧倒的と言うほどではない。そしてその理由の一端が、自分たちと同じものでありそうというのは、まぁ、遠目に窺うだけでも男女二人組における距離感なんかから察せられるのだった。口にするのは羞恥が勝ったし、じゃあ肩と肩の距離がこの場の二人も同じかといったら、違うのだが。

 優芽の内心を知ってか知らずか琴樹は「どうする?」と優芽に選択肢を示した。

「チケット、並ぶのは俺だけ行ってこようか? そう時間かからないと思うし」

 加えて「わるいな、段取り悪くて」とバツが悪そうに言う。

「ううん。時間かからないなら一緒に並ぶよ。そういう気遣いは、いらないかなぁ」

 優芽は上体を傾げて目を逸らしがちの琴樹を覗き込む。

「そ、んなもんか。そうだな。わ……いや、じゃあ一緒に並ぼうか」

 それがいい。頼るのでもなく、頼まれるのでもなく、当たり前に一緒がいい。

 あとはそう、ちょっと付け加えて導いてくれればと、そんな考えはこそりと振り払う。

 目標は目標で、囚われちゃいけないよね?

 誰にでもない問い掛け。答えは確信している。



「うわぁ……すごぉ」

 館内に足を踏み入れてすぐ、優芽は感嘆に息をのんだ。

 吹き抜けの広間に、ロケットと恐竜とよくわからない機械が浮かんでいた。正確には吊るされていた。もちろん本物ではなく模型やバルーンである。

 来場者を歓迎する工夫にしっかりとハマってくれると、琴樹としても非常に嬉しい。勝手に思っていることではあるが、このためにこの館では外観や屋外にそうとわかる装飾やオブジェ等を設けていないのだと思っている。

 周囲の小学生らしき児童と同じ顔の同伴者に満足した琴樹は、少しの間は声も掛けずに自分も上を見上げる。

 変わったのは浮かぶものと、見上げる角度。背が伸びたからだろう、首が痛くなることはなかった。あるいは「あっ。わ。えへへ。ちょっとボーっとしちゃった」と優芽が気を取り直すのが早かったためかもしれない。

「悪くないだろ? 科学館」

「い、意外とね」

 子供っぽく放心していた自覚が優芽の頬を僅かに染めるが、いつまでも入り口前に陣取っているわけにもいかない。

「まずは見るとこ回ろうか」

「うん、案内よろしく。ん? 見るとこ?」

「そ、見るとこ。まぁ楽しみにしててよ」

 そう言って笑う琴樹の顔も、道連れの子供たちと同じだった。



 原動機の歴史。と銘打たれた空間に多種多様な鉄の塊が並んでいる。

「あ、さっきの!」

 そのうちの一つがつい先ほど見たものと似ていることに優芽は気付いた。大きさはだいぶ小さくなっているし、比べれば先に見たものはだいぶデフォルメされていたのだとわかる。

「エンジンだったんだぁ。車にこれが乗ってるんだね」

「いやそれは……飛行機用」

「飛行機」

 何かを思い出すような顔をした優芽がおそらくは一般的な旅客機を思い浮かべたのだろうとは琴樹にも察せられたが、飛行機は飛行機だし訂正しなかった。長居するならプロペラ機がどうのとフリップに記載されている内容を嚙み砕いても良かったが、生憎とこの区画にそう時間を割くつもりがなかった。

「飛行機も車もそうだし、こういうのが見えないとこで動いてんだよな。そんで乗り物だったりが動いてる」

 そういうことなら、やはり車が最も身近なのだろう。

「車のエンジンなら向こうだな」

 短い距離を移動する間にもその後にも、優芽はキョロキョロと視線を飛び回らせては「あ、あれが船の。おっきい」や「あっちはモーター……エンジンと何が違うの?」と独り言と琴樹への質問を繰り返した。

 時折には琴樹の服の裾を引っ張るのだが、それは無意識のようだったから琴樹は回答よりも対応に困るのだった。



 恐竜や海洋探査の特別展など、一通り見て回ったところで小休憩を挟む。

 手洗いから戻った優芽を琴樹は少しうつらうつらと出迎えた。優芽が口を開く前に琴樹が手で制する。

「わるい。……たぶん、昨日の疲れが……大丈夫だ」

「ほんとぉ? マラソン大会の次の日だもんね」

 優芽は苦笑に留めてあまり追及はしなかった。仮に多少の無理を押しているのだとして、自分がそれを殊更に言い募るのは違うだろうと思うのだ。女の子(優芽)の服も髪もいつもとは全然違うように、男の子(琴樹)にもあるはずだった、気合いとか見栄とか、そういうものが。

 それに学年で五指に入るなんて、関係ないのに優芽だって嬉しかったのだから。ここはベンチから立ち上がった琴樹に黙ってついていくところのはず。

「それで次はどんなところに連れてってくれるのかな?」

 優芽の微笑みが自然なものだから琴樹は安心する。あまり褒められない場所に誘ったから。施設が悪いんじゃなくデート、はじめてのデートとして、適当な選択でないことは琴樹にもわかっていた。

「いろいろ見ただろ? 次は実践しようか。科学の実験」

 優芽は「なるほど」と手を合わせる。

「言われてみればこういうとこって、そういう実際にやってみる系だよね、そういえば」

「そういうこと」

 大人も楽しめる科学館。それでもやっぱり実地と子供が主役だ。

「小さな子が多いところで、そもそも人も多いから気を付けて」

 歩くほどに周囲の年齢層は低くなっていっている。反面、人口密度は増している。活気も会話の量も大きさも、館内のどこよりも多い。

「実験とか、好きな方?」

「中学の頃、アルコールランプ消すのクラスで一番上手かったんだよね」

「へぇ……俺もだ」

「ほうほう。そんな二人が出会ったら?」

「やるしかねぇよな」

 一番手近にはシャボン玉のコーナー。四つか五つは年下の集団の横で勝ち誇ったり悔しがったりする高校生二人は、少々奇異の目で見られることとなった。


 そういったことを何度か繰り返し、服装と経験の差で琴樹が勝ち越した後に休憩スペースを訪れた。

 テーブル席でドリンクに差したストローを咥えながら優芽は今日一不機嫌さを滲ませている。

「ずるいずるいずるい。動くことあるなら言っといてよっ」

「ごめんって。あーその、優芽がどんな服着てきてくれるのかなってのは……楽しみだったんだよ。あれだ、優芽のかわいい恰好見たかったんだ、うん」

「はぁあん! そんなこと言ったって誤魔化されませんけどぉお!」

 思い切りストローにアイスティーを吸い上げた優芽はプラスチックのコップをテーブルに叩きつけた。気分的には。

「それに、思いっきり笑ったじゃん! あの独楽のとこで!」

「あぁあれな」

他人(ひと)がうまく回せないのを笑うとか最低なんですけど? ねぇ」

「回せないことじゃなくって、一桁くらいの年齢(とし)の子に同情されてるのが可笑しかったんだ」

 ベーゴマを何回やっても回せない優芽が、琴樹の腰までの身長の男の子に憐憫交じりで「おねえちゃん、教えてあげよっか……?」と哀れまれた。くらいまでは琴樹も黙って見守っているだけだったのだが、教えを受けた結果が「おねえちゃん、あきらめよ……」という優しい声だったからつい吹き出してしまったのだ。決して、思い切り笑ってなどいない。

「ふん」

「わるかったよ。ごめん。ほら、他は大体、上手かった、要領よかったと思うよ」

「勝った人に言われても嬉しくない」

 そう言う割に優芽の顔は楽しそうに見えたし、琴樹の見解はまったく正しかった。

「そろそろ時間かな。出られる?」

 腕時計を確認した琴樹が優芽に訊ねる。

「だいじょぶ。次も勝負できる?」

「勝負は出来ないな」

「なぁんだ残念」

 これは本気っぽいなという見解も、まったく正しかったのだった。

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