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第75話 mission3:感想を貰おう

 家にいるなら、食事時には卓につくこと。

 白木家のルールだ。

 朝昼夜、多少の前後はあれどおおよそ決まった時間に食卓に並ぶ料理を、家族みんなで囲む。朝は流石に、都合優先のことが多いけれど。

 そういう意味では、休日とはいえ朝食に家族全員が揃っているのは、優芽の記憶では一か月以上ぶりのことのはずだった。

 味噌汁を啜りながら父の様子を窺う。

 本日、土曜日。つまりそういうわけで、午後から家を空けるわけで。

 それを父親だけには伝えていなかったりするのだった。そして母と妹には口止めをお願いしている。

 なぜならこの時代錯誤の大黒柱が自分を溺愛していると、嫌というほど理解しているから。

「ふむ。今日の予定は空いているのか? 母さん」

「私はそうね、午後からは芽衣を連れて公園に行くつもりよ。ね、芽衣。お友達と遊ぶのよねー」

「うん! なーちゃんとあそぶー!」

「そうか。んん。ところでそのなーちゃんというのは、男の子なのか?」

「あなた。芽衣がいくつだと思っているの?」

「う、うむ。す、すまない母さん」

「女の子よ。まったく」

 お椀の奥にごつごつとした顔を隠す父を優芽はじっとりとした眼差しで見ていた。

 家庭内の力関係について思うところがあるし、今日の予定について考えを巡らせるわけでもある。

 さてどう言ったものか。そんな優芽の思索を母が杞憂に変える。

「優芽も午後から出掛けるのよね? お友達と……博物館だったかしら?」

「あ、ううん。あ、うん。そう、午後から。出掛ける。行くのは科学館だけど。ほらあの、なんだったかって展示やってるあそこ」

「まるでわからないわねぇ。なんの展示なんだか。夕方から雨が降るかもしれないから傘持っていきなさいね」

「うん、わかってる。……いちお、夕飯前には帰るつもりだから」

 おそらくは「そう」と受け取る母には嘘だとバレている気がする優芽だった。とはいえ先んじて父の質問を封じてくれたことには感謝する。

「ごちそうさま。出掛ける前に宿題するから」

 それは嘘ではないから、父が「うむ」と満足げに頷くのに呵責は覚えない。

 嘘ではないが、半分は部屋に籠る言い訳で、二階に上がった優芽は後ろ手に自室のドアを閉めるとまずはクローゼットに手を掛けた。

 それはある意味、宿題だ。

「あ、あと、おもっきりオシャレしていけよ」

 にやにやと笑みを浮かべた希美から出された課題の一つ。



「母さん。優芽だが」

 テレビに夢中の芽衣から目は離さず、台所に立つ妻に訊ねる。

「優芽がどうかした?」

「友人たちと出掛けるのかい?」

「……うふ」

 洗い物を終えた早智子が向かいの椅子に座るのを見届ける。

「あまり干渉しすぎると嫌われるわよ? せっかく反抗期もなかったのに」

 それは優芽の成長過程の話で、ありがたいことに今のところ白木家の長女は父親嫌いを発症したことがないのだった。

「ふぅむ。それは、そうなんだがなぁ」

「大丈夫よ。私たちの娘なんだから」

「君の娘だから、少し心配なんだがなぁ」

「まぁ、なんてこと言うのかしら俊次さんは」

「あぁすまない。早智子」

 テーブルの上に為されるのは優芽の恋愛観がちょっと歪んだ一因の接触。

 両親の知らぬところでテレビから興味を失っていた芽衣も、遠からず姉と同じ道を辿る可能性があるのだった。



 待ち合わせは駅前に設定した。十三時に、駅前の時計の下で。十分先の約束ということになる。

 悪い気分ではない十分だったから、この後の十分もそうなるだろうと琴樹は考えていた。

 時計が空に伸びる花壇の外周は腰掛けられるように設計されている。日当たりのいい一角で日光浴するのは冬の午後一にはむしろ気持ちが良かった。

 道行く人を不躾ながら失礼にはならない程度に眺める琴樹は、あと十分はそうして過ごすつもりだったのだ。

「琴樹!」

 と、呼ばわる声が聞こえるまでは。

 よく知っている声が届いた時まず思ったのは、早いな、ということだった。自分のことなどは当たり前に棚上げしている。

 次には立ち上がってよく知っている姿を視界に捉えて……何も言えなくなった。考えることすら。

「ごめん! ていうか、早いね琴樹」

 優芽が顔の前に右手を立て、片目を瞑ってはにかむ。

 そんな仕草も、落ち着いた配色のシックな服装のおかげで余裕の茶目っ気にも見える。ロングスカート、ブーツ、テーラードジャケット、持ち物ならトートバッグ。ぱっと見で琴樹にわかるのはそんな単語くらいのものだが、制服姿より今まで見た何時よりも、大人びて見えたのだった。

 なにより、首の後ろで結わいでいるから、琴樹からは茶金の髪の後ろ側は見えないのだ。まるでそう、ミディアムかボブカットくらいの長さであるかのように。

 それが優芽の印象を大きく変えていた。

「あ……あぁいや。今来たとこだよ」

「あははっ。すごい。定型だ」

 そうしてデートの待ち合わせのようなやり取りをして、琴樹はぎこちなく歩き出す。

「とりあえず駅、行こうか」

「う、うん」

 優芽の視線が若干下向いたことは、先に足を踏み出した琴樹にはわかるはずがない。

「もしかしたら、予定より一本早いのに乗れるかもな」

 腕時計を確認するから余計に、琴樹には優芽を見る余裕がなかった。そうでなくとも、年上にさえ思える見た目の優芽に対して余裕などミリもないが。

「うん、そうだね」

 最速のタイミングは諦めた優芽だが、そうなると顔色一つ変えずに移動しようとする男の子に不満も出てくる。

 触れ合うハードルは互いに高いかもしれなくたって、言葉は欲しい。唇を尖らせて広い背中を睨む。

「あ。あぁ……あー、それと……似合ってる、服。なんてーか……大人っぽくて」

 二人は人通りがそう多くないことに感謝すべきであった。まったく唐突に速度を半分以下に落とした二人は。

「綺麗だと、思った」

 立ち止まった優芽は。

「うんっ!」

 改札前で周囲を確認することもなく小走りになった優芽は。

 それが誰の妨げにもならなかったことを感謝すべきであったのかもしれないし、そんなことはないのかもしれなかった。

 どんな花より華やかな表情の女の子は。

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