第74話 mission2:デートにさそわれちゃったどうしよう!?
言われて反応は三者三様だ。共通しているのは無加工の感情という点だろう。
希美の呆れと、小夜の驚きが同じくらいの大きさ。文は希美寄りだが、こちらは優芽のたわ言よりも深刻な問題に直面しているから表情の変化としては小さい。先ほどからずっと、文はただただ息を整えるのに忙しいのだ。
「デートねぇ」
「うわ急展開!? 昨日の今日でそれはちょっとびっくりだね」
優芽が「聞いて聞いて昨日の夜!」からはじめた歓談であり、二十分間も走り続けた後の休憩でもある。
そういうわけで文の疲弊はもちろん肉体からくるものだった。ついでに言うならば、自身の軽挙が原因である。明日の本番前に試しにクラスの体力自慢たちに付いていってみようなどと思ったのが、それを途中で止めずに意地になって貫いたのが、失敗だった。
「ちょっと文、ほんと大丈夫?」
「保健室行っとく?」
三人に心配され、優芽と小夜には声も掛けられ「だ、大丈夫」を切れ切れの吐息の合間に乗せた。
「ヤバめなら言うんだぞー?」
返事の代わりに手を挙げておく。「それでさー」と話を戻す希美も、それを平然と受け止める優芽も小夜も、元気すぎ体力ありすぎと文は内心に嘆息したのだった。
「デート? というかですよ? 科学館って、チョイスちょいアレじゃないっすか?」
「あ、わかる。珍しく外したよね幕張君。ふつーに水族館とかでいいのに」
「ねー。初デートにしてはちょい冒険した感」
「……待って、初なの? あれだよね? デートって名目がってことだよね?」
「いんやいやいや、これと幕張が二人でお出かけなんてのがもうね、史上初の出来事なわけですよ」
「初ではないからっ。前も、二人きりで会ったことぉはぁ、うん、あ、あるからっ」
言いながら思い出すほど、あれらをデートや二人きりの括りに入れていいのか、優芽自身が疑問符である。そしてそれは考える程、確信に変わる。
「『デート』、したことがあるって?」
「……ないです」
早々に観念して優芽は首を引っ込める。目つきを鋭く詰問した希美だが、別に責める気持ちはない。力を抜いて肩を竦めた。
「まぁつまり、優芽の認識ではこれがはじめてのデートなわけだから、それでどうしようって話なわけでしょ?」
「うん」
「優芽の認識……優芽の認識では? あれ? 幕張君からデートって言われたわけでは……」
「……ないです」
「あ、はい」
デートに誘われた、なんて言うから小夜はいくらか誤解していたのだった。「なんだかなぁ」という気分である。
「とりあえず肩肘張らずに……楽しんできなよ。考えすぎないでさ」
「希美……」
「あ、でも、そうだなぁ……手を繋ぐこと」
希美は人差し指を立てる。一つ、そう、やるべきことが明確な方がやり易いはずだ。
「そのデートの途中、最後でもいいから、ちゃんと手を繋ぐのを目標にしてみようよ。いい? ちゃんとだよ? なんていうか、ちゃんと意味もなく手を繋ぐこと。どうこれ?」
「うん……うん! わかったやってみる!」
「やっぱ上司はないか」
「ジョウシ? なんのこと? てかジョウシってなに?」
優芽の疑問に「なんでもない」と答えた小夜は、服装だの髪型だのと話し合う二人から視線を外す。
「デート、って……なんだか急だよねぇ」
グラウンドを走る姿に投げかけてみても、答えが返ってくるわけもなかった。
〇
マラソン大会の当日に、日程はいつもと大きく異なる。
一時限目だけは通常授業で、その後、残る午前の時間を使って男子はハーフ、女子は10km、学校近傍をコースとしてマラソンを実施する。地域の協力あってのイベントだ。
「飯どうする?」
「折角だし学校で食ってこうぜ」
似たり寄ったりの会話が多数交わされるように、マラソン完走後は放課後となる。昼食からして、学校で食べて帰って良し食べずに帰っても良し。そこだけは、融通が利くと評判がいい。
「にしてもダリぃ」
スタートラインに立って誰かが呟くように、行事そのものへの評判は芳しくないが。
全校生徒が一挙にとはいかないから、学年を更に二分割かつ男女にも分けた12グループが五分毎スタートを切る。上の学年から順にだから基本的には差は広がっていく。そうして集団が大きくなりすぎないように調整している。
「らしいぞ」
「へぇ。いろいろ考えてるんだな」
仁の雑学に素直に感心する琴樹だが、本来は既に走り始めているはずである。
「前のグループのはずだったろ。なんでまた変えたんだ? グループ」
「ま、そういう気分だったから、かな」
別グループの男子に頼んで琴樹はこうしてスタート待ちというわけだ。「じゃあまたな。ちゃんと走れよ」と仁から離れてどこぞに行ってしまう。
「おまえもなー。って、マジでなんでなんだか」
他クラスの輪に入っていくらしい琴樹にいつまでも拘泥してもいられない。
仁は体を左右に小さく傾けて具合を確かめる。
いい調子だ。
「さ、こんなダルいイベントはさらっと流していきますかぁ」
なんとなく声に出して。
「ほう。言うじゃないか浦部。真面目に走れよ? チェックするからな」
「げぇ、よりによって!?」
学校一の強面教師に聞かれてしまったから仁は結局、手抜きなしで走る羽目になったのだった。
「あぁくそっ!? まじで、だぁあああ、疲れたわちくしょうが」
「おつかれさん。ほれ」
完走後に芝の上に体を投げ出した仁に、清涼飲料水のペットボトルが差し入れられた。
「んで、おまえは何食わぬ顔で先にいるしなぁ」
「まぁ、仁で大体真ん中くらいの順位だからな」
「うるせぇ、バンドマンは体力がねぇんだよ」
「それは主語がデカいだろ」
真昼間に芝生の上に寝転ぶのは気持ちがいいと、その発見だけがこの日の仁の収穫だった。
それと視界にいっぱいの空の色。
空が青いから、仁はもうすぐ来る春を思う。
「花見……行くか」
「いいんじゃないか?」
それはきっと春休みのことになるだろう。仁は目を瞑った。




