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第72話 mission1:渡しそびれたものを渡そう

 それでもって、どうせだし、を言い訳に一緒に登校してしまおう。

 ナイスアイディア! と手を打った昨夜の自分はどうかしてたんじゃないのか、と優芽は思う。

 昨夜、認めて、吐露して、女子三人で盛り上がっちゃって、そこに当人から気遣うメッセージまで貰ってしまったから結果、小夜の押せ押せ発言に軽い気持ちで乗っかってしまったのだ。

 小夜自身は何一つ押せてないくせにあの野郎といった気分である。

「カフェオレ、苦手だったりしたか?」

「あ、え、違う、違うの! 全然!」

 慌てて缶のふちに口をつけた。

 待ち合わせの駅前。琴樹が昨日しようと思っていたことをなんとなくなぞってみたのだと優芽は知らない。

 朝の早い時間に見る制服姿がなんだか新鮮で、テンパる内心を落ち着かせようと昨日の夜のことを思い出そうとしたのが失敗だった。全部小夜のせいってことにしておこう。

「うん。嫌いじゃないから。おいし、ありがと」

 どう見たって様子のおかしい優芽に苦笑はするものの、琴樹は「じゃあ行くか」と足を踏み出した。

「う、うん」

 優芽も小走りに、追いついたら、隣に並んで。駅から学校まで、歩けばそれなりに距離がある。距離を近づけるのに、充分なくらいは。

(がんばれ私!)


 実は、というほどのことでもないが、いつもはバスを使う道を歩くのははじめてだと互いに笑い合って、優芽は小さく唾を飲んで意を決する。

「昨日は、ごめん。ほんとに急に、大事な用が出来て、あ! 違うんだよっ? 琴樹との約束が大事じゃないってことじゃなくて。でもあの、ほんとに……ご、ごめんね? 怒ってない?」

「怒ってないし怒る気持ちなんて最初からないって。大事な用だったんだろ? バレンタインデーに、大事なさ」

「うん、そうなの、うん。あぇっと、だからその、昨日のぉ、昨日渡すつもりだったんだけどぉ」

 優芽はいそいそと鞄を漁って固いものに触れる。動きが止まる。大丈夫、と自分に言い聞かせる。

 みんなで試食しながら作り上げたから、味は大丈夫。

 しっかり、丁寧すぎると言われながら箱に包んだから、形もきっと大丈夫。星と丸と三角と、四角とひし形と、それと、一つ紛れ込ませた、ほんとの気持ちもきっと。

「これ」

 声はひどく平坦なものになった。仕草も素っ気なく、突き付けると表現していいような固いものだ。

 精一杯のものだ。

「ありがとう」

 だけで報われるような精一杯の。



「それでそのあともね、琴樹のバイトのこととか、今度あるマラソン大会のこととか、あとはぁ……将来の夢のこととか、話した」

「話した(♡) じゃねぇよ」

「小夜、口調が荒れてますよ」

 体育の授業のために着替える傍ら、他の女子たちからそれとなく距離を置きつつ話し合う。更衣室のロッカーは都度、適当に選んで使うのだ。

「ちゃんと本命って伝えた? ホワイトデーにでも次の約束は? 手くらい握ればいいのに。てかさ、バレンタインデーに大事な用だったってそれ、変な勘違いされてない? 大丈夫なわけ?」

「うぇ、わ、い、いっぺんに言わないでよ」

 一足早く体操服に着替え終えた小夜がロッカーの扉を閉める。ねめつけるように一瞥した先、優芽は体操服の上に腕だけ通して眦を下げ困惑といった様相だ。

「……バレンタインデーに大事な用なんてさ、他の男にチョコ渡しに行ったと思われてもおかしくないんじゃない?」

 言い残して去っていく小夜の言い分を、しかし涼が頬に手を当ててやんわり訂正した。

「それで次の日には幕張君にも、二人きりの状況でチョコを渡すと。それは少々、節操がありませんね」

「私、間違っちゃった?」

 服の裏に覗く顔半分が、そのまま優芽の自信の程度である。上半身に下着一つで臆することなく、涼は「いいえ」と言い切る。

「優芽がそういうタイプではないということくらい、幕張君もわかっているはずです。小夜の言うような誤解は流石にしていないと思いますよ」

「だよね~。よ、よかったぁ」

 それはそれとして。

 涼は(じぶん)の言葉を鵜呑みしすぎる優芽を心配に思うし、多少話が弾んだくらいで嬉しさを隠せない体たらくに、小夜ほどではないにしろ、焦れるのだ。

「ゆっくりいきましょう。急いては事を仕損じると言いますからね」

 それは半分は自分に言い聞かせる言葉だった。

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