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第64話 幼女、膨れる

 帰りがけにスーパーに寄る。目当てはもちろん、材料。

 優芽が手に取ったのは大手メーカーの板チョコで、レシピサイトでおすすめされていたものだ。横から一緒になってパッケージを眺める文に確認を取る。

「これだったよね?」

「そうだね。他のメーカーのも買ってみる? 一枚ずつくらい。試しにさ」

 文の提案に「それいいね」と乗って優芽は予定より少し多めの板チョコをカゴに入れた。

「これで味が全然違ったりしたら面白いよね」

 楽しみを口にしてくすりと笑い合う。

 明日に控えたバレンタインデーに向けて学校帰りに買い物後、優芽の家でチョコ作りをする段取りである。優芽と文と、それから希美と涼の四人で。

「二人とも、あったよチョコ。てか何見てんの?」

 すぐ近いところの棚を見ている二人に優芽が声を掛ける。

「型?」

「ええ。いろいろあるんですね。ギター型なんてものも」

「あ、気になるんだ? バンドの人に?」

「そうですね、丁度いいので個人的に買っておきます」

 材料費は四人で折半だ。ただし明らかに他者の要に合わないものは個人出費としている。

「やや折角だしみんな一種類ずつ買おうよ。わたしはこの傘のやつにする」

「ま、いいけど」

 例外はある。

 そういうわけで諸々の材料に加えて四種類もの型抜き用型もご購入と相成ったのだった。あとお菓子とジュースも。

「ぐは、けっこういくぅ」

 会計に呻いた希美の頭の中にはお金を稼ぐ考えも浮かんだが、それは口にはしなかった。


 誰かの家に、という時にはお決まりで優芽の家になる。おかげで希美も文も慣れたものだった。家までの道のり、門構え、脱いだ靴を揃えてお邪魔するリビングの模様と、出迎えてくれる顔にも見慣れたものだ。

「お邪魔します!」

 希美の元気さに文も涼も続く。「いらっしゃい」と言う早智子も娘から話を聞いているから戸惑いはない。

「最低限、道具は出しといたから。あとは必要なら、優芽、お願いね」

「うん。ありがとお母さん」

 友人の母親なんていうのは居残っても気を使わせるだけだと承知しているから、早智子は早々に自室に控える。

 ただ、芽衣も一緒にというわけではない。

「おねえちゃん、めい、おてつだい」

 抑揚の少ない声に優芽は苦笑した。昨晩の「ちょこ! ちょこめいもちょこ!」なんてテンションの高さが嘘のようだ。自分の脚に身を隠そうとする妹が気にする視線を優芽も理解している。

「はいはい。まずご挨拶しようね。ほら」

「う……いらっはいませ。りょうちゃんと、えと、あやちゃんと……」

 芽衣は姉を見上げて「おねえちゃん」と訴える。

「希美だよ」

 優芽の目配せを受けて「篠原希美です。のぞみちゃんって呼んでねー」と言いながら内心に多少のショックはある。

「のぞみちゃん……よろしくおねがいします」

「はーい、よろしくね芽衣ちゃん!」

 四回ほど顔を合わせてはいるものの、いずれも短時間だったり大人数であったり、そんな条件は同じだというのになぜ、と希美は文に不満の目を送った。

「こっち見ても仕方ないでしょ」

「わかってるし」


 チョコ作りと言っても半分は過程が目的みたいなもので、気の置けない友人で集まってのワイガヤ作業に気分は高揚する。

 幼いゲストも楽しい雰囲気を感じ取ればいくらか調子を取り戻す。

「あれヘラどこいったー?」

「! これ! のぞみちゃんこれ、へら!」

「ありがとー! 芽衣ちゃんありがとね」

 優芽の隣からトコトコとやって来た芽衣の頭を撫でかけて、衛生が頭を過ったから取り止める。希美は代わりにチョコを一欠けら幼女に握らせた。

「ちょこ!」

「チョコだねー。食べていいよ」

「また。三人とも芽衣にチョコあげすぎ」

 基本的に優芽の足元に引っ付いている芽衣が時にちょこまかと動き回る度、口の端を茶色く染める。希美などは半分、餌付けの魂胆もあった。

「えー、でも、芽衣ちゃんチョコおいしいよねー?」

「うん! ちょこねぇ……あまい!」

「チョコばっかりたくさん食べてお腹いっぱいになったら、ママに叱られるよ」

「!」

 芽衣は味わうように齧っていた欠片を一息に口に押し込んで「めいちょこたべてないもん!」と主張する。

 流石に無理がある。四人の心中は一致した。

「あとで味見するしね。チョコあげるのはやめとこっか」

「えぇ!? あやちゃんもうちょこくれないですか!?」

「お姉ちゃんがねぇ、許してくれないんだ」

「おねえちゃんのけち!」

 頬を膨れさせる芽衣を「後でね後で」と優芽はいつものように軽くあしらう。


 そうこうしているうちに作業も終盤に差し掛かり、丸めたり型に流したりしたチョコを冷蔵庫に収める。少し残した溶けたチョコレートは買ってきたクッキーやイチゴに使う。

「うーん甘くておいし」

「よかったですね、イチゴ、最後の一パックが残っていて」

 苺なら大量に積まれていた。ただその中で酸味の強い品種は売り切れ寸前だったのだ。四人と同じ考えの人間が多くいたわけで、それは間違いなく苺に限らない。

「バレンタインかぁ」

 チョコでコーティングした小粒をまじまじと見ながら希美は呟き、優芽が「はいじゃあこれ、ママに持って行ってあげよっか」ということで姉妹揃って少しばかりリビングを空ける。

 行ってらっしゃいと見送って、希美はもう一度同じイベント名を声に出した。

「うまくいくといいけどなぁ」

「そうですね。話を聞く限りでは、向こうからの好意だってないはずはないと思うのですけど」

「けど?」

「……いえ、そう簡単な話でもないのでしょう? 恋愛というのは」

「いやいや涼が一番わかってるじゃん! むしろ教えてプリーズなんですけども!? 恋だの愛だのそこんところ! 詳しく!」

 実は機を窺っていた希美はここぞとばかりに近況を問い質す。涼は四人の中で唯一の経験者であるし、そうでなくたって年頃に他人の色恋に興味津々なのである。

「チョコは当然あげるとして……ど、どうなの? そろそろこう……いろいろ」

 もう四か月のはずで、四か月もだから、色々、色々あったのではなかろうかと、そう思うわけである。色々と。

「色々はありましたし、チョコもあげますけど」

 否定はしない涼に「ひゃわぁ」と奇声を零してしまう希美だったが、続く言葉は全く予想だにしていなかったものだった。

「とっくに別れてます。三学期が始まる時にですね」

「え? ……ま、マジで?」

「ええ、マジで。別に悲観的にではありませんよ? 円満に別れました」

 先ほどとは違う意味で言葉にならない言葉を吐き出して、呆気にとられた表情となった希美が出来たのはこの場のもう一人を頼りに話を少しばかり逸らすことだけだ。

「あ、あ文は、知ってた?」

「ついこのまえ、教えて貰ってた。ごめん」

「文は悪くないですよ? 私のうっかりです。本当は揃って言おうと思っていたんですが、どうも上手いタイミングを見付けられず。すみません今日まで黙っていて」

「や……や、や、別に、や……えぇ、マジすかぁー」

「ただいまぁ。芽衣はこのままちょっとお母さんが面倒見とくって。……て、なに? どしたの?」

 優芽も希美と同じ顔をすることになったのだった。


 復帰した後の感想は異なる。

「なんでなんでなんで。だって、えぇ、だってそんな悪い人じゃないって言ってたのに!」

「まぁいいじゃん、涼が納得してるならそれでさ。相性とかもあるんだろうし」

 軽く片付けも終わらせて優芽の自室に場所を移して、話題の中心はやはり涼、あるいは涼の恋愛話になる。

 優芽としては、涼が軽い気持ちで交際を始めたわけではないのは知っている。本当に心底から本気だったとも思わないが、軽薄と言うには込み入った事情だったと察しているのだ。

 世界は自分が知らないところでも回っている。特に最近は、優芽は強くそう思っている。全部を知り、あまつさえ干渉しようなんていうのは、土台無理な話だ。

「そうだよね涼? 納得は、してるんだよね?」

「はい。そこは、別れることにしたのは、向こうともよく話した上での判断です。むしろ一時とはいえ付き合って……感謝してもし切れないくらいに思っています」

「感謝? うぅんよくわかんないけど、それで涼は、涼の好きって気持ちはどうなの? 納得なんてそんな……そんな……」

 希美の尻すぼみな様子を見て涼はパンと手を合わせる。

「ひとまず、この話はやめましょう。すみません、タイミングと思って話しましたけど、バレンタイン前にする話ではありませんでした。そこの部分は本当に、私のミスでした。ごめんなさい」

 そのあと少しの間はどうしてもしこりが残ったが、チョコが固まる頃には希美も一旦の心の整理はついてまたリビングに、芽衣も一緒にテーブルを囲む。

「うんうん。いい出来! 味見ー!」

 型から抜いた傘を一つ摘まむ希美を、芽衣が羨ましそうに見ている。そのことに優芽は気付いている。

「芽衣も食べていいよ。あ、こっちの、私のやつね」

「おほしさま! たべていいの!?」

「いいよ。はい」

「わぁ、ありがとうございます!」

 結局、試食に誰も彼も手が伸びすぎて。

「おねえちゃん、めい……」

 察して優芽は苦笑する。自分のお腹に手を当てる芽衣が目尻を下げていた。

「はいはい。一緒にママにごめんなさいしてあげるから」

「うん……」

 そんな姉妹を三人は笑って見ていた。

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