第62話 裏側を誰が知るものか
意図が読めない。という事態に、最近は慣れてきたつもりだった。
注文が届くまでの間に、琴樹はいくつかそれらしい理由を考えてみたが、そのどれもが目の前の少女の考えと合致する気がしなかった。
ぽつぽつと空席があったはずの店内で、迷わずこのテーブル席に足を運んだ宇津木小夜の思惑が、わからない。
「相談、聞かれても構わないのかするの止めたのか、どっちなんだ?」
「わかんない」
「えぇ……」
困惑かつお手上げだった。折角、潜めた声も、相手が気に留めない。琴樹としてはどう応じるか迷うに決まっていた。
「んー……あ、ご飯は約束通り食べていいよ? わたしも食べるから」
「じゃあまぁ、遠慮なく」
「そういうとこは好きかも」
「……どうも。……そういうとこが相手にされない原因じゃねーの?」
「うわぁ……そういうとこは嫌い」
勝手に相談を進めるような真似をした手前、琴樹は謝っておく。ただし見解を覆す気はない。
都合、同じメニュー表にそれぞれそそられる品を選び、発注から到着までの間は退屈しのぎの間違い探しに興じる。相談事とやらは、止めた、なのかもしれないと琴樹は思った。
「あと一個……が、わかんないなぁ」
「頑張れ頑張れ」
「気持ちが籠ってなぁい」
そうしたこなれた雰囲気を対岸から観測させられる身としては、殊更に手が進む。フォークでケーキを崩す手が、だ。二本。
「希美も優芽も、探偵にはなれなさそうだね」
「ん? なんで? 全然なる気ないからいいけど」
「名探偵に、おれはなる!」
「たぶんだけど、それ違うよね?」
「合体事故」
「ジコ?」
「文はわかってくれるよねっ」
「ごめん、わかんない」
会話の取っ掛かりと仕舞いだけ引き受けた文は、自分もティラミスにフォークを通す。別になくてよかったデザートだが、なしになるなんてはずがないともわかっていた。
本人たちはこっそりのつもりなのか、あとで訊いてみようと思う。
見られている。聞かれている。
あんまり掌の上だから小夜は小さく吹き出す。
「仲……良かったよな?」
「いいよ? 普通に。仲がどうのとか以前に、面白くない? そう思わない? 琴樹もさ」
「念のためノーコメントで」
「度胸がないなぁ……愛嬌ないだろとか思った?」
「見せる気がないだろ。と今思った」
「愛想わる」
いつになく活き活きとしている小夜の様子に違和感を覚えながら、琴樹はひとまず喉を水に潤した。
本来、今日この場所には小夜からの相談に乗るために来ていた。内容はまだ何も聞いていない。予想はしている。テーブル上に追加で一枚置かれている期間限定メニュー表、チョコフェアなるものがほぼほぼ答えなのだろう。
前後席になってから一か月、文化祭で共に衣装係を務めてからなら四か月と少し。琴樹と小夜の間にあるものは多くはない。
「愛想はないけど……付き合いはいいのかな? 最近は?」
「いろいろと思うところがあったりもしたからな。どうする? 勉強でもするか?」
「あ、ナイス。丁度わかんないとこあったんだった。ナイス」
集中してやろうというわけではない。教科書一つだけ、一ページだけ。そんな相談事の代わりに顔を突き合わせ、小夜のいたずら心が閃きを得てしまった。
「ね、わかんない、ここ」
琴樹が「どこだ」と身を乗り出すのに合わせて小夜も腰を浮かせる。右手にメニュー表。二つの視線も、もちろん右の方から。それを遮るように小さな衝立。
隠されたものの事実がどうであれ、動揺してしまったのは本当だ。
あ、マズい。
と。
篠原希美は思った。思ってしまったから、隣を覗いていた目線を正面に、優芽に向き直す。金に近い茶色の髪と横顔。真っ直ぐに見詰める眼差し。
時間にして、長くはない。小夜の「ありがと」が聞こえて窺えば、琴樹も小夜ももうしっかりと座席に腰を下ろしている。
たぶん違うのだろうと頭ではわかっている。自身、それと優芽もそのはずだと希美は考える。
わかっている。
いま、メニュー表の向こうで、触れ合うような距離感は、けれど触れ合わなかったはずだとわかってはいる。
この頃の琴樹と小夜の親交が密なのは確かだが、友人の域であったはずだし、そもそも幕張琴樹という人物が、誰彼問わず、近頃は仲を深めている。そして誰に訊いたって、その筆頭は白木優芽に違いないのだ。
「よし」
左手の平に右拳を打ち下ろして、希美は決心した。
「バレンタイン大作戦をしよう」
始終、傍観に徹していた文は勿論、件の二人が離れたことで真剣さを霧散させた優芽も、呆気に取られて友人の顔を見る。
「せっかくだから、チョコ、手作りしようそうしよう」
そう言い放った希美の表情は、優芽にも文にも明るいものに見えた。




