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第60話 君はあいつのなんなんだい?

 優芽の髪色が変わったことは新学期の教室でも小さな話題となった。他に大きな変化を見せた生徒がいなかったということもあり、優芽の席の周りに多くの女子生徒が集まっている。どのみち久しぶりの顔合わせに集まったのだろうが、姦しさに一役買っているのは間違いなかった。

 そんな光景を仁は鈍い思考で見るともなく視界に入れていた。

「いやぁ……二学期の時もだけど……新学期の初日から、女子って元気だよな」

 欠伸を長く零す。徹夜で課題を片付けた反動が仁のテンションの低さと瞼の重さの原因だった。

 特別に女子だけが盛り上がっているわけでもない。琴樹と仁だけが、仁のローテンションもあって声を張ることをしていないだけである。

「今日は午前だけだから、頑張れよ」

 琴樹としては友人の耐久を、一応は応援する姿勢である。

「なー……始業式だけだし休めばよかった……あぁねみぃ」

「式の途中で寝るなよ?」

「いっそ体育館行かないで教室で寝てていいかな。バレなくね?」

「バレるだろ」

 そうこうしている間に担任が姿を見せたから、琴樹は仁の席から離れた。寝そうだから、そして寝たらガッツリ睡眠コースに違いないから、で呼び止めてくれた仁が果たして始業式を乗り越えられるだろうかと気にしつつ。

 新年の挨拶からはじまった今年最初のホームルーム後、体育館に移動して慣例を熟す。壇上に上がった誰の話も頭に残らなかったから、寝ていたのと大した違いはないのかもしれなかった。

 教室に戻ってくる頃には、仁ほどではないにしろ、琴樹もいくらか瞼は下がり気味になっていた。

 一部を除いた課題の提出を済ませ、担任教師からの発案で一年一組は席替えを実施することとなった。

「新しい年には新鮮な気分が必要だろう?」

 琴樹としては別段、そんなものを望んでいない。

 優芽としては、ぴくりと肩が反応する。

「席替えかぁ……席離れちゃうね」

 隣の席の女子から声を掛けられ、優芽もその事実に気が付く。

「え、あ、そうだね。たしかに。や、でも! また隣になるかも!」

「ほんとにわたしが隣でいいんですかねぇ」

 優芽は「もちろん」と返すが、それはちょっとだけ本心ではなかった。


 誰にどんな思惑があろうと、席順はくじ運に委ねられ、それといくつかのやむを得ない事情が汲まれて、結果的には多くの生徒が特に不満もなく机と椅子を移動させた。

 その多くに、優芽は入ることが出来なかったわけだが。

「よろしくね!」

 前の席と右隣になった相手に気安く声を掛ける。二人ともフツーに仲がいい女子であり、それは全然いい。窓際一番後ろなんていうのも、気楽で結構。

 優芽は教室の前の方を見る。

 最前のやや左寄り。優芽から見ると右前ということになる。黒板を見ようとするなら必然、視界に入る位置だ。

「よろしくお願いしますね、幕張君」

 教室の左後ろに行われたのと同じような挨拶。それは何もおかしなものではない。

 優芽に涼の行いを咎める権利も理由もない。

「よろ」

 涼に続いた二つ目の女子の声に対しても同様だ。

「ああ、よろしく、涼、宇津木(うつぎ)さん」

 ただ少し、席替えにやり直しが認められるべきだと思うだけだ。



 三学期は短い。都合、イベントも少ない。

 しかも寒い。

「は~る~よ~」

 をリズムに乗せた希美は唐突に話題を直角ってくらいに曲げた。

「んで、春までそんな感じでいくわけ? 優芽ちゃんはよぉ」

「なにがぁ?」

 例年にも増して気温の低い今年、学校の倉庫から引っ張り出された暖房器具が各教室に設置される運びとなった。

 教室の余裕のある空間に、ということで、優芽はクラスで一番その恩恵に与っているのだった。

 椅子を逆向きにして、電気ストーブに手を翳している。隣には希美が同じ格好。

 ここ最近のお決まりの光景である。

「髪染め直したのとか、気合い入れたんかと思ったんだけどなぁ」

 核心には触れない希美の言い回しは、一応は場所を考慮してのことだ。

「これは別に……ほんとただの気紛れだし」

 芽衣から又聞きした情報を参考にするかどうかの気紛れ。まったくもって気紛れ。

 芽衣にもウケがよかった色だし新年に気持ちを一新するみたいなもの、ということは気紛れと言えば気紛れ、だから嘘は言っていない。

「わたしは優芽とお喋りできて嬉しいけどねー」

「やぁん。希美ってば私のこと好きすぎぃ。私も好きだよーらびゅー」

「わ、珍し! 優芽から乗ってくるとは。はっはっはっ、よいぞよいぞ。この希美様の魅力に絆されてしまうがよいぞ」

 優芽から、希美から、互いに肩だったり腕だったり、触れ合う距離の近さ。

 そんな光景はクラスの、特に男子からはこっそり見守られているわけだが、そんな光景の他にも、ここ最近のお決まりと呼べる光景があった。


「そっか、ありがとな小夜」

 声が聞こえた時に、優芽の肩がぴくりと小さく跳ねたのを希美は見逃さなかった。

 教室の後ろを向いている優芽と希美には後ろから聞こえる話し声だ。

「んー。ま、なんでも聞いて。その分訊くし」

「それで早速か」

 小夜がすっと教科書を差し出すから、琴樹は少し笑ってしまった。


 琴樹が小夜に、小さな子供の趣味嗜好、接し方、そういったことを教わる。

 それは小夜が五人の弟妹(キョウダイ)とそれ以上に数多い親戚の子らに対応すべく身に付けた知識と経験、加えて将来の夢の一つへ向けた勉強の成果だった。

「にしても、保育士なぁ。未だになんか、イメージ湧かないな」

「言ってくれるじゃん。そっちこそその顔で建築デザインとか、なくない?」

「顔は関係ないだろ顔は」

「てかバレーやればいいじゃん。あーでも、スポーツ選手って顔でもないか」

「顔への偏見。差別って言われんぞ」

「じゃ、雰囲気」

「……なら、言われない、か?」

「やー、言われるでしょ」

「いやおまえのことな?」

「それより早く。ここ。教えてよ」


 小夜が琴樹に、授業のわからないところを教わる。

 それは琴樹が『昔好きだった人』に認めて欲しくて、褒めて欲しくて頑張ったことであって継続していること、だと小夜は聞いていた。

 席替えで前後の席になって数日後、何気ない会話の端に上ったことだ。

「幕張って、思ったよりいろいろ出来るね。頭いいってのは前にちょっと聞いたことあったけど、スポーツも得意なんだ?」

「得意ってほどなんでも出来るわけじゃないけど……勉強もだけど、昔から努力はしてきたつもりだ」

「えっら」

「偉くもないぞ、下心だからな」

 そうして聞いた人のことを小夜は、幕張琴樹の昔好きだった人、と結論付けた。過去形が気持ちにも係るかは別として。


「建築デザインですと。……知ってた?」

「……知らなかった」

 そう言って一人でしかめっ面を作る親友を見て、希美は内心に苦笑して思うのだ。

 優芽()幕張(あいつ)のなんなんだい? と。

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