第55話 エピローグ
服飾やアクセサリーに敏感なのは男子よりも女子ということが多いし、そんな中でも目聡い者というのがいる。
「あれ、優芽、チャーム増えてんね」
まだ教室に人が疎らな月曜朝に、自席に鞄を置いた優芽はその指摘に苦笑した。
「小夜ってば、ほんとすぐ気付くよね」
「や、フツーに気付くっしょ」
そう言って手を伸ばす友人に、優芽は「あ」と思わず声が漏れてしまった。
それだけで友人は手を止め、伸ばそうとしていた先のものには触れずに前屈みになっていた体勢を戻す。あんまり察しがいいから優芽の苦笑は濃くなる。
「ふーん……手作りって感じだけど」
咥えていたスティック状のチョコ菓子を指で口に押し込む、そのついでみたいに視線を寄越される。
「まぁね。それより一限ってなんだっけ」
優芽は何食わぬ顔で鞄から教科書等を取り出しながら質問した。
「……いいけどね。数学だよ」
優芽が「ありがと」と言って授業の準備を整える間に、教室内にはどっと人が多くなる。
その中にはもちろん優芽の友人もいて、近くに寄ってくるタイプもいた。
「優芽~、おはよー」
希美なんかは、挨拶がてらに抱き着くように寄りかかっていく。「小夜もおはー」とも言いながら。
「はいはい。朝から疲れるんですけど?」
「よいではないかよいではないか」
言って、それほど身を預けるわけではないから、優芽も軽く押し返すだけだ。
希美と、それから涼と文も一緒だった。たまたま下駄箱に顔を突き合わせて、揃って教室にやって来たとのこと。
銘々に挨拶を交わす中にはこんな会話もある。
「おはようございます。小夜は珍しく早いのですね」
「ま、たまには。……珍しい、つかいつもと違うのはそっちだけどね。おはよ。いる?」
「……いただきます」
「やっぱ珍し」
一年一組の教室にはもう、ほとんど全員が揃っている。女子も男子も、幕張琴樹もいる。
優芽と涼と、幕張。
「ふーん」
〇
また一週間が始まる。その最初の授業を受けながら、琴樹の頭には教師の言葉はあまり入ってきていなかった。
机の下にこっそりとスマホを取り出し、バレないように見ているからだ。
もちろん普段はそんなことはしない。勉学を疎かにする気は更々ないし、なんならかなりしっかりと授業を受ける方だと自負している。
それでも今日、この時間だけはどんな方程式よりも優先すべきことがあった。
スマホには画像を表示している。
つまりそれを眺めることだが、もうかれこれ、合わせて十分は見ているだろうか。
少し見慣れ始めた玄関口に、随分見慣れた笑顔。
芽衣の曇りのない笑顔が自分に伝染するのを琴樹は自覚していた。たぶんそこそこ気持ち悪い笑みとしてだともわかっている。
写真を見ることはやめない。
綺麗に整えられた玄関と、芽衣の満面の笑み。
それからピンクのクマのトートバッグと。
バッグを彩るピンクの押し花のチャーム。
「幕張ぃ! 聞いてるかぁ!?」
「はい! 聞いてます!」
「そうか、ならこの問、解いてみろ」
琴樹は立ち上がって解答を口にする。それで教師の追及は止まるから席に座り直す。
スマホの画面をスワイプする。
ピンクが二つと、青が二つだ。
レジンに包まれた押し花が四つ、鮮やかに輝いている。
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