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第45話 この世のほとんどすべては急なこと

 行くにしろ来るにしろ、このところはなにかにつけ優芽と共にいることの多い琴樹だが、それでも時々は同性の友人に捕まることもある。

「まぁ待て待てステイ。ちょっとオレの話を聞いてかないかいおにいさん?」

 腰を浮かしかけた琴樹が自席を離れる前に、仁が呼び止める。

「いや、おにいちゃんよ」

「遺言なら聞いてやる」

 優芽の方も友人たちと話しだしているから、琴樹は浮かした尻を椅子に戻した。

「わぁい。なんて慈悲深いんだ」

 驚いているような仕草だけはして見せる仁に対し、頬杖ついて「なんだよ」と言葉をぶつける。

「ツンに戻っちゃった」

「用がないなら」

 と両手を机について立ち上がる、ふりをする。なんだかんだ、琴樹に仁を本当に蔑ろにするつもりはない。

「あそこ行くって?」

 仁が顎で指す先は優芽の席のあたりで、つまり女子グループの社交場だ。琴樹も体を少し捻って視線を向け、楽し気な雰囲気に口元を緩める。

「行かないでやるから用件言えよ」

「オレが来なかったら、行ってたよな?」

「なんだ、随分突っかかってくるじゃん」

「そりゃ……なぁ……」

 仁が腕組みし眉間に皺を寄せる。

「琴樹さぁ、急に……か? まぁ、前から必要なら誰にでも突っ込んでく奴だったが……」

「独り言を聞いててやるほど慈悲深くはねぇんだけどな」

「おーおー。じゃまぁ、本題にいっちまうけど」

 仁が腰を下ろすのは琴樹の前の席で、主人は教室の外まで出張中だ。仁はまた件の女子グループの方に顔を向ける。

「校外学習で……涼と二人きりのタイミング作れねぇかな」

「仁と涼でか?」

「そりゃ……そりゃそうよ。おまえと涼を二人きりにしてどうするよ。白木に怒られちまう」

「割と怒られてね?」

「折るな、腰を、話の。てか怒られてませんー」

「計画書作る時に」

「だぁああ! 脱線させんな! と、おっとっと」

 口を押える仕草は、男がやっても可愛くないなと琴樹は思った。

 いくらか集まった視線の内、仁はよくつるむ男子たちに、なんでもない、を手を振って伝える。なんでもない、気にすんな。

「まったくおにいちゃんはお茶目なんだから」

「腰を折るどころか砕いてんのおまえじゃね?」

「つまりオレと涼とがな、二人で話す機会を上手いこと作ってくれというか作る手伝いしてくんねぇかなってことだよ」

 琴樹の発言はスルーして仁が言い募れば、琴樹も琴樹で、どこがつまったんだよ、と内心に思う。ぼちぼち、関係は温まってきた今日この頃である。

 琴樹は涼の様子を窺う。それから仁の顔を見て、もう一度、涼が女子グループの外縁で笑っているのを目に映した。

「いいぞ。希望があれば、タイミングとか、希望があるなら聞くだけ聞くけど?」

「……白木と、白木の妹も一緒に、遊んだりしてんだって?」

「まぁ、たまにな。最近のことだけど」

「芽衣ちゃん、可愛いもんな。……希望は考えとくわ」

 用を済ませた仁が離れていく。学祭に来たという芽衣を、クラスのほとんどとは顔を合わせたという芽衣を、仁が知っていることに驚きはない。

 ただ、タイミングは出来れば帰り際に寄せてくれればいいなと琴樹は思った。

 何を話す気なのかは知らないが。



「優芽ぇ。またボーっとして。どれにすんのって」

「あ、うん。ごめんごめん」

 慌てて覗き込むファッション誌の小さな特集コーナー。種々のリストバンドが紹介されている。校外学習にみんなでつけていこうよ! という話になったところであり、放課後に買いに行く前に、この中でならどれがいいを言い合っていた。

「私は、こっちの、青いやつ」

「優芽けっこう青好きだよね」

「んー……どうだろ。好きって程じゃないけど……あ、たぶん芽衣がピンクだからかな」

「どゆこと?」

 ダウナーな友人に問われて答える。青とピンクの兄妹クマのキャラクターのこと。割とみんな知っていたから、すぐに通じた。

「あー、それで芽衣ちゃんがピンクだから優芽、おねえちゃんが青になるんだ」

「そうそう。だからなんか、青とピンクで並んでると青選んじゃうよね」

「おねえちゃんは偉いね」

「まあねぇ……ん? あ、ごめん、電話。お母さんから……?」

 会話の最中に震えたスマホを確認したら母からの着信で、優芽は訝しみながらも友人たちに断って廊下に出る。

「はい。どうしたの? はじめて」

 だよね、学校に居る時間に電話してくるの。

 そう続けられればよかった。続けられなかったのは、母があまりに慌てていたから。

『優芽! あぁ、よかった通じて。あ、ごめんなさいね、失礼します。それはあとで! あとでお願い!』

「お母さん?」

 声の通り方から察するに、後半は母の周辺に向けたもので、それだけでも優芽が知らない慌てようだ。


 きゅっと、鳴った気がした。

 心臓のあたり。痛みはない。ただ、きゅっと、締め付けられる、直感。


「お、お母さん、なに、なにか、あった……?」


『……優芽、落ち着いて聞いてくれる?』

(お母さんが……落ち着きなよ……)

 そう思うのが精いっぱいで、そう思ってしまうくらいもう、優芽の芯が鳴らす警鐘はうるさいくらいだった。


『芽衣が……園からいなくなったみたいなの』

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