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第28話 母子

 家に帰って、二階の自室で宿題を終わらせて、お昼寝から起きだしてきた芽衣がすっかりいつも通りに玩具で遊ぶのを見守って。

 夕食を食べて、お風呂に入って、明日の天気は曇りらしくって。

(ぜんっぜん……連絡してこないし! 幕張のやつぅ~)

「ずっとケータイ握って。そんなに気になるならあんたから連絡すればいいでしょ」

 リビングのソファに膝を立てる優芽に、母親の苦笑が降ってくる。

「ありがと」

 と受け取ったのはホットココアだ。


「幕張君ねぇ」

 優芽の隣に腰を下ろした早智子が頬に手を添える。昼間の少年のことを思い出していた。

「いい子じゃない。ふふ、ちょっとお父さんに似てるかしらね」

「お父さん、あんなに頑固じゃないじゃん」

「あら。昔はけっこう、頑なだったのよ? よく言えば一本気だけれど……いつか実家で家業を継ぐからって、私を連れて行くのは忍びないって。それでだいぶ言い合ったりしたんだから」

「むぅ……惚気なんか娘に聞かせないでよ」

 詳細はわからずとも、父が家業を継ぐことはなかったこと、母と結婚したこと、それらは間違いないことだ。

 今は出張で不在の父が、長期の仕事に旅立つ日に母にあやされていたのも事実だ。

(アレはちょっと……カッコ悪かったな)

 いやだぁ~、なんて言って聞かない父親の姿は、娘にはどうしたって白い目で見られるに決まっていた。


「あら、羨ましい? ……叩かないでよ優芽~」

「お母さんちょっと黙っててっ」

 肩を竦めて「はいはい」と大人しくなった母と肩を並べてドラマを鑑賞する。

 芽衣はもう夢の世界にいる。昼の睡眠も短かったため、午前の疲れから早くに就寝していた。


 だからここには優芽と、優芽が信頼して相談できる相手だけがいる。

「私、どうしたらいいかな」

「……黙ってなくていいのかしらね?」

 わざとあらぬ方を見やって惚ける母に肩をぶつけて抗議に代える。

「どうしたいのか、よく考えなさい。あとはそう……今どうしたいのかは、この先どうなりたいのかが大事だけれど……今までどうしていたのかも大切にね。今の優芽は、今までの優芽が考えて動いて、その結果なんだから」

「……それ、お父さんにも似たようなこと言われたことある」

「だってお父さんからの受け売りだもの。でも安心しなさい。とってもためになるのは間違いないわ」

 そこで母は少し笑みを深くした。


「なんと言っても、ここに一人、救われた実績がいるんだからね」


 母親のこと、父親のこと、両親のこと。知らないことばっかりでも、信じられるのが親子で。

「お母さん……それはないわ」

 年甲斐なく頬を指で指して可愛い子ぶるのに、ちゃんと白けられるのも親子だからだった。



「ただいま。わるい母さん、遅くなった。……て、寝てるのか」

 玄関を開けて数歩、布団に寝息を立てる母の姿を確認した琴樹は、襖を静かに閉めた。

 たまにバイトが長引くとこういうことはままある。夕食は用意してくれているから、声には出さずに手を合わせて箸をつけた。


 普段ならこんな時、スマホを弄ったりもするが、今日はただ目の前の料理を頂くことに専念した。

 そうすると琴樹が食事を終えるのに10分もかからないもので、窮屈な湯船に浸かって、さていよいよスマホの存在感が大きくなる。

 やれることの少ない家だし、やるべきことももうない。無音のテレビというのは、琴樹には楽しめない。

(相当スマホ使ってんだないつもは)

 触れないようにしてはじめて、自分が常日頃どれだけスマホに頼って時間を潰していたか思い知る。

(本読むってのも家じゃ気が乗らないしなぁ。……とか言ってる場合じゃねぇんだよなぁ)

 テーブルに置いたスマホをじっと見詰める。

(いっそ爆発、は危ないから消滅しねぇかな)

 馬鹿みたいなこと考えてみても現実にはならないしなってもらったら困る。


 食器はもう洗うところまで済ませてあり、テーブルの上にあるのはスマホの他には湯呑と施設からの便りだけだ。

 結局この日、琴樹がスマホにメッセージアプリを立ち上げることはなかった。

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