第27話 わからないことばかり。わかっているつもりでさえ
「好きだったってのは……間違いないけど。つってもそれも小学生の、ガキの思ってたことではあるから大したもんじゃないけどな」
「そんなことない。そんなことはないよ。年齢が全然関係ないなんて言わないけど、どんなに小さな頃でも、思ってたこととか……感じてたこと、そういうのちゃんとほんとだよ」
「……あぁ、わるい。芽衣ちゃんを……否定するつもりはないんだ。あくまで俺の、バカな俺の話ってだけで……てか、そう、だから」
だから、なんだと琴樹は優芽を正面に見据える。
「芽衣ちゃんには、俺と同じ思いをして欲しくない。一時のもので、気にしすぎだってんなら、このまま忘れてくれるはずだ。それならそれでいいし、もしそうじゃないなら、やっぱり早く終わらせてあげるべきなんだよ。だからどっちにしろ、最後にするのが一番いい」
琴樹の自意識過剰だというなら、それこそ『あんな風に言った』ことさえ問題にならない。風に吹かれた花弁のようにあっさりと散って消えるだけだ。
でももし、もしも。
白木芽衣がかつての幕張琴樹と同じ感情の灯火を燃やそうとしているのなら。
その火が芽衣自身にすら手に負えないものになってしまわぬよう、今のうちに始末してやるのが自分の務めだと、琴樹はそう信じている。
「ねぇ……幕張はどうしたいの?」
「芽衣ちゃんにはもう会わない。さっきの通話なんていうのも、ナシだ。それで、白木さんとは前みたいな距離に戻る。て感じに、なってくれればいいと思ってる」
「……なんで私もなの?」
「そりゃ……芽衣ちゃんの姉だから」
「幕張がしたくないっていうなら芽衣は、芽衣を……例えば今日みたいなことはしないよ? 芽衣の話もしない。芽衣は大事だけど私の全部じゃないし、友達だって涼以外に芽衣とそんな仲良い子いないというか、別にわざわざ会わせたりしてない。だから」
だから、なんだと優芽は琴樹を真っ直ぐに見据える。
「幕張と私が前みたいに戻る必要は、なくない?」
琴樹は動揺していた。言われてみればその通りだと得心が行くせいだったが、(いや)と慌てて否定する。
(いや、違う。大丈夫だ。芽衣ちゃんと会わないことが白木さんと話さないことに繋がらなくっても……今まで、誰にだって、そうしてきたのと同じにするだけ。そんだけだ)
「芽衣ちゃんのことは置いといても、俺はだから、他人とそんなに仲良くなりたくない。や、わるい。言い方が良くないんだけど……ほら、好きとか恋愛みたいなことじゃなくっても、別れる……会えなくなるのって苦しいだろ? そんな思い、俺のせいでさせるわけにはいかないだろ」
「おかしいよ、そんなの。その……幕張が昔に、その……えと、悲しいことあったってのは、わかるよ? それを忘れろなんて思わないけど、でも、だからっていま元気な幕張がそんな……責任取るみたいに思わなくってもいいじゃん。別れるとか、そんなの、そんなこと言ったら私だっていつ何があるかなんてわかんないけど、それで芽衣やお母さん、友達とだって誰とだって、距離置くとか絶対ありえない」
「いや、それはそのとおり……いや、違くて」
琴樹は混乱していた。
そもそも、舞の話を他人にしたのがはじめてで、それは同じ部活に汗を流した友人にもしなかったことだ。それを今、していること自体、おかしなことではないかと思ってしまった。
(なんで俺、白木さんに)
話したのか。話したかったのか? 時間が経って、少しだけ自分に重なる小さな姿を見つけて。
過去にしようとしている?
「わるい……バイト、14時からだった。わるい。もう行かないと」
「え、幕張……?」
「金、これ……とにかく、わるい、置いてくから。わるい……わるい」
急にあくせくと帰り支度をはじめた琴樹に面食らって、優芽もわけのわからないまま琴樹に倣おうとする。ただ、まったく追いつく手際ではなく、琴樹が席を離れるに至っても椅子に掛けたコートを羽織れてはいなかった。
「待ってよ。待って。どしたの、急に、ねぇ、幕張、ねぇってば」
「……あとで、連絡する」
そう絞り出す琴樹が強く目を瞑っていたことを、背を向けられていた優芽は知らない。
そうして琴樹を見送ることになってしまってから、優芽は自分の手に視線を落とした。
(掴めなかった……)
伸ばせなかった。手を伸ばすことは出来なかった。それは更なる後悔として優芽の唇を引き結ばせた。
更なる、だ。
(芽衣のことだって……結局、自分が幕張と今までみたいにいられるようにって、そんなことばっか優先して)
言い訳するなら、せめてそうやって繋ぎ止めたかった。細くとも。琴樹が全部をなかったことにしようとするから、咄嗟と言っていい抵抗だった。
「どうしよ……」
このまま琴樹が思う通りにしてやるのは、納得がいかない。かといってどうすればいいのかわからない。
(どうしたいのかなんて……私の方こそわかんないよ)
ため息を一つ吐き出して、優芽はひとまず椅子に座り直した。コップのミルクティーは飲みかけだった。




