第24話 脱線であり本線
「なんでも何もな。ほんとに最後にするつもりだから、出来れば芽衣ちゃんにもわかって欲しかったんだよ。急に会えなくなるよりは、いいだろ?」
辛口なのは、カレーと優芽の眼差しだ。琴樹は「それに」と続ける。
「よくないと思うんだよな、白木さんとあんま……遊んだりするの」
「それ、たまに言うよね。一緒に帰ろうよって誘った時とか、昨日だってそう。さっきも……ね、もしかして、ずっと嫌だった?」
「嫌じゃない」
は、琴樹にしては大きな声が出た、と琴樹自身も優芽もわずかに目を見張る。
「嫌、なわけは、ないっつか……」
その先に待つのが羞恥なのはわかっていて、琴樹にも『あんな風に言った』負い目はある。
「嫌じゃないんだけど。……白木さん、よく告られるだろ」
「え……最近は、そんなことないけど……」
それはたしかに、彼氏持ちにモーションかける奴は少数だろうなと琴樹は思う。それでもいなくはないらしいというのが、驚きと言えば驚きだ。
ついでに、遠回りを選んだ自分に呆れもする。
「どっちでもいいけど。白木さんがよく告られてたのは事実だろ?」
「う、うん……一応は」
自分がモテる人間だと臆面なく自認できる優芽ではないし、琴樹の口から自分の恋愛事情を語られるのは、それこそなんだか『嫌』だ。
(いや私からはしてないけどっ。好きになってくれたりはありがとうだけどっ)
勝手に好きになられて勝手に告白されて、別にそれはいい。能動的な経験はないなりに、そういうものだってことは納得している。しかしこういう展開になるとわかっていたなら、理由が明らかな呼び出しにほいほい行ったりしなかったのに、とは思う。
(うーんでも、それはそれで……相手の気持ちとかあるし。うぅん)
急な難題に直面して頬の熱を手のひらに逃がす。
「な……なに?」
「や……別に」
そんな優芽と目が合って、一つ咳払いに誤魔化してから琴樹は窓ガラスの外の景色に目をやった。向かいのビルの壁が見えるだけ。覗き込めば、路地の人通りが見下ろせるだろう。
「告るには……好きになるにはやっぱ、それなりの理由があるんだと思うんだよ」
「……それは、当たり前じゃん? どこが好きーとか。待って待って、恋バナしたいの幕張!?」
「いやちげーよ! いや恋バナなのかはわからんけど!」
立ち上がらんばかりの勢い、を自制して、琴樹はそろりと店内の様子を窺いながら尻を直す。優芽は優芽で、口元を手で覆っていた。
「とにかく、そう……白木さんもわかってんなら、ちょっとは自重してくれって話だよ」
「ぜんっぜんわかんないんだけど。なに自重したらいいの? 私」
「……そういうのだよ」
首を傾げる優芽の顔が近すぎるのは、声を荒げてしまった反動とは琴樹も理解している。理解したからといって、そこに何も感じなくなるわけもないが。
(誰に対してもこんなんじゃ……そりゃ勘違いも多発するっつーの)
「はぁ。白木さん、あんま彼氏さん不安にさせるような事するなよ」
「……what's?」
「イングリッシュでちゃったか。ここ数日思ってたんだけど、白木さん、男に対して距離の詰め方、近すぎ」
いっそ全部言ってやろうという開き直りである。
「陽キャ気質の奴ならそれでいいんだろうけどな。俺みたいなタイプだとかはさ、可愛い女子にちょっと親切にされたらすぐ惚れるわけよ」
(なんならタイプじゃない子にもチョロチョロっと堕ちるからなぁ)
「体育で応援されたくらいで。昼飯に誘われたくらいで。チャットが少し盛り上がったくらいでな。だから適切な……あんま話さないくらいの距離感でいこうってこと」
「え、やだし」
「え?」
「おかしいおかしい。だって私、幕張と仲良くなりたくてやってたんだし。それは私の勝手じゃん」
「おぉ……」
「好きになるとかは知らないけど、そんなことで話さないようにするとか……うん、おかしい。恋とか好きとかが勝手なんだから、仲良くなりたいとかも勝手でいいでしょ?」
それは琴樹には些か難しい解釈だった。なんとなく、とんでもない自分勝手を聞かされているという気はして。
(いや……そうか、俺も、俺の考えることも勝手なことってことか)
手前勝手は自分も同じだと腑に落ちた。
「それに彼氏とかっ。それはほんと意味わかんない。私、彼氏いたことないのに」
「あれ、そうなのか?」
「むしろなんで彼氏いるなんて思ってたの? そんな勘違い」
「……わるい……なんとなく」
「ふぅん……じゃあ今日覚えて。私、彼氏、付き合ってる人とか、いないから」
「あー……わかった」
(ちなみに好きな人とかはどうなんでしょう、って訊くのも、なぁ)
優芽は『やだ』以降、不満げにしていた眉根をそのままに、顎に指を添えた。
「幕張は? そういう幕張はどうなの? つ、付き合ってる人、いるの?」
「いない。いません。いたこともない」
水に喉を潤す。隣で同じようにコップを傾ける女子、そしてその妹への対応を改めようと考える。
琴樹はずっと、優芽の横にいるべき人の存在が、それこそが自分と白木姉妹とを隔てる最大の壁になると期待していた。言い訳になると。
芽衣が自分に、特別な好意を抱いていることはわかっている。おそらくはその正体などというのは、芽衣自身の中にさえ定まっていないようなものだが、ただ大きな大きな熱の塊として、芽衣の心に居座ってしまっているのだと理解している。
(俺がそうだったみたいに)
その熱が行き場を失って自分自身を焼く前に、消えて消さなければならないと理解している。
二度と会えなくなる前に、二度と会わないことにすれば。
心が焼け爛れることはないと思っている。




