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第22話 幼女、我慢す

「ごめんごめん」

 と。

「そだね。幕張の言う通り、そろそろお昼だし」

 と。

 優芽はいつもの明るい調子で続ける。

「芽衣、ママとの約束は覚えてる?」

「はいっ! めいはおひぅごはんまでにはおーちかえいます!」

 ピンと挙げた右手の真っ直ぐさが、そのまま芽衣の意思の真っ直ぐさだ。

 おにいちゃんと遊ぶのがどんなに楽しくとも、ママとの約束を破ることは出来ない。だってお尻ぺんぺんされるから。


 でも。そう、ただ、でも、はありだ。

「こときおにいちゃんもいっしょー」

 腕を引っ張られて、琴樹は素直に腰を上げて芽衣に従う。家まで送るのは最初から想定していた。

「おうちの前までだからねー」

「いっしょにごはん!」

「こら。前も言ったでしょ。覚えてるかな? おにいちゃんは、おにいちゃんの家族が大事……覚えてる?」

「おぼえてる……」

「ん。さすが芽衣ちゃんだ。じゃあ行こうか」

 小さな手と手を取り合って、それから傍らの少女に問いかけた。

「そういうことでいいよな? 家の前までだから」

「……別に、いいに決まってるじゃん」

 芽衣の、琴樹とつないでいない方の手を取って、優芽も歩き出す。公園を出るまでの間だけ、少しだけの、三人横並び。


 白木家の前までは、芽衣が道中あれこれと指差ししては名前を呼び上げて、あっという間だった。

「じゃあ。今日はありがとね、ほんと。芽衣の……こっちのわがままに付き合わせちゃって」

「約束だったからな。わがままなんかじゃないさ」

 それから琴樹は芽衣と同じ目線になって、芽衣と目を合わせて、出来るだけ真剣さが伝わるように語り掛ける。

「今日は楽しかったよ、ありがとう。芽衣ちゃんも楽しかった?」

「うんっ! めいね、めい、いっぱいいいーーーっっぱい、たのしかった!」

「そっか、嬉しいなぁ。……芽衣ちゃん、おにいちゃんがこれから言うこと、ちゃぁんと、聞いててね?」

 芽衣は小首を傾げる。

「きいてうよ?」

「うん」

 琴樹は芽衣の真っ黒な頭を一撫でしてから続けた。

「おにいちゃん、いっぱい忙しいんだ。お勉強したり、お仕事したりね。だから、芽衣ちゃんと遊んであげられるのは今日が最後」

 芽衣が「さいご……」と完全に理解する前に畳みかける。

「そう、最後。でも今日、いっぱい遊んで、いっぱい楽しかったよね? だから芽衣ちゃん、最後でも大丈夫。大丈夫だよ。ちょっと寂しいけど、芽衣ちゃんも大丈夫だよね?」

「うぅ、でもめい」

 右手に左手を、左手に右手を、温かくて小さく、頼りない手を握る。

「大丈夫。芽衣ちゃんは強い子だから。いい子だから」

「めい……いい子……だよ?」


 だから、いい子にしてるから、いいことがいっぱい、あるはずなのに。

 明日もおにいちゃんと遊んで、明後日もおねえちゃんとお喋りして、その次の日もママとごはんを食べる。

 そうじゃないの? と、芽衣は思う。

 思うのに、口にすることは『いい子』じゃない気がして。


「めい……がまんする」


 我慢は……我慢も『いい子』だ。だからきっといつか、我慢しなくていい日が来る、と、そんな整った思考ではないが、もっとずっと朧気な思いでもって芽衣は我慢することを選んだ。

 おにいちゃんが言うから。


「芽衣、こっちへ来なさい」

 それはいつからか玄関を開けて待っていた女性が発したもので、琴樹は深めの会釈で挨拶に代えさせてもらう。

 縋るように小走りに駆け寄った芽衣を抱きかかえると、母親はもう一言だけ残して芽衣と一緒にドアの向こうに消えた。

「優芽、あんたは……ちゃんとしてきなさい」


 残された二人には若干の気まずい空気が漂う。琴樹としては優芽とも今日限り以前のような印象のないクラスメイトに戻るつもりだし、優芽にとっては先ほどの琴樹と妹のやり取りは青天の霹靂だ。

(ちゃんと、ってどういう意味なんだか……。ちゃんと……お別れみたいな?)

 別に二度と顔を合わせないわけもなく、なんなら明日の朝には会うわけだが、ニュアンスとしては琴樹はそう受け取った。

 とはいえ、主導権は優芽の方だろうと考えて黙ったままでいるが。


「……ちょっと、付き合って」

「一応言っとくけど、15時からバイトだからな」

「じゃあギリギリまで、ちょっと私に付き合ってよ」

 今まで見たいつよりも着飾った白木さんが、今まで見たことない顔をするから。

 琴樹はただ頷く以外になかった。

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