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第14話 幼女とした約束は守られなければならない

(なんであんな、変な風に言っちゃったんだろ……)

 その日の夜。優芽はリビングに芽衣の面倒を見ながら自身の言動を振り返っていた。

 昼間の琴樹との会話のことだ。


(もっとこう……スマートに? するつもりだったのに……)

 土日の間、朝からの間、シミュレーションでは優芽はもっと余裕を持って、何でもない顔で琴樹と話して、それで当然って態度でお礼の一つでもしてあげる、予定だった。

 最近は料理を母から習っているから、お弁当作ってあげてもいいし。

 特別に仲の良さそうな人もいないっぽい琴樹だから、友達になってあげてもいい。


 親交の切っ掛けなんて何だっていいんだから、芽衣を助けてくれたことを理由によく話すようになったりしたって。

(いいのに……あんな言いたいことばっか言わなくったって……いいのに)

 思い返すほど、優芽の表情は険しくなっていく。

 考えていた展開のどれにもならなかった。まるでこれで終わりとでもいうような空気を、優芽も薄っすらと感じ取っていた。そもそも、会話の主導権を握られっぱなしだったのではなかろうか。


(腹立ってきたかも……幕張、あいつ、全然フツーに話すじゃんっ)

 そこには少しだけ、クラスの明るいグループに所属している矜持もあった。見下すのではないが事実として、ほとんどの時間を自席で一人でいる琴樹と、誰彼問わずに笑い合ったり冗談言い合ったりする優芽だから、それが会話で押し負けたというのは、なんとも納得しがたい。

 大体は自滅という点には、優芽自身は思い至らないが。


「おねえちゃん、おかおがぎゅーってしてる」

「ごめんね。ちょっと考え事」

「めいもすう。ぎゅー」

 姉の顔真似で力いっぱいに顔を顰めると、さしもの可愛らしい三歳女児も少々、梅干しみたいな印象にはなるわけで。

「そ、そこまではお姉ちゃん、ぎゅーしてないでしょ」

(してないよね?)

「おねえちゃん、ぎゅー」

「はいはい。ぎゅー」


「あんたたち、なにやってるのよ。顔に皺寄せて」

 母の訝しむ声に優芽は顔を背ける。「や、別に? 遊んでただけ」というのはほんとだ。


「そう。それで優芽、あんたちゃんとしてくれた? 幕張君、だったわよね? お礼と謝罪と」

 それは、母からの依頼。直接顔を合わせることもなかった母親まで赴くのは事を大袈裟にしすぎるからと、クラスメイトだということを幸いに優芽が頼まれていたことであった。


「も、もちろん。……ばっちり、完璧?」

「ばっちり!」

 芽衣はなにもわかっていないながら、とりあえず姉の発言に続く。

「ならいいわ」

(ごめんなさいお母さん!)

 お風呂入っちゃうわね、という母の背中に内心で平身低頭の優芽だった。


「どーしよ……もっかい幕張に話した方が……いいよねぇやっぱり、はああ」

 気が重いというか、乗らないというか。

(嫌じゃない、じゃない、じゃなくって……うぅん、なんか、うぅん、ううん)

 そうして姉が若干の挙動不審に陥っているのを、芽衣はじーっと見詰めて、たびたびあることだから興味を失くして、手元に視線を戻す。

 地図。日本地図、である。


 特に切っ掛けなんてものはない。たまたま、本当にたまたま、リビングの本棚に見つけて、線を指でなぞっていたら姉も母も構ってくれて、今では家の近所くらいはなんとなく地図上と実際の場所とが結び付くくらいになっていた。

 それが楽しくって、最近の芽衣のお気に入りの『あそび』なのだった。

「こうえーん……がっこー……」

 それから。

「おくすいー」

 ピン、ときた。芽衣の頭脳に閃くものがあった。

「おにいちゃん!」

 まくはり。おくすり。おにいちゃん。


 優芽が肩をびくりと震わせる。芽衣の言う『おにいちゃん』が誰なのかは、白木家とあと涼には、周知が行き届いている。

「おねえちゃん、おにいちゃんはぁ?」

「えー、と……おにいちゃんは、お家に帰ったからぁ……ばいばいしたでしょ?」

「ばいばいしてない! またねーした!」

「そうだね……そうだね、またねーってね。でもおにいちゃんも忙しいから」

 くらいで、芽衣が受け入れてくれるのが、この数日に数回繰り返されたやり取りだったのだが。

 この時の芽衣には、もう一つ思い出したことがあった。

「でもめい、めいね、おにいちゃんとやうそくしたんだよ? こうえんでね、あそぶの。やくそく、したぁあああ」

「あちゃー……うんうん、よしよし、約束したんだね。うんうん」

 涙目までで留まった芽衣をあやしながら、優芽も思う。

(約束……なら、仕方ないよね?)

 自分の狡さは、もちろんわかっていて……でもいいじゃん、と開き直っておいた。

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