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第131話 学校生活における高揚の最大値

「いいですよ。お手伝いしてあげます」

 すんなり役員になってくれた。なぜか腕を組んでふんぞり返る、と言うには威厳が足りていないが、気持ち的にはそういうことっぽい市橋に、琴樹は肩透かしを食らった気分ではある。最初は断られると思っていた。

「そうか、それは助かる。……なんでそんな偉そうな感じにしようとしてんの?」

「立場をわかっていただくためです」

「立場?」

「そうです。わたしはあくまで手伝ってあげるんです。幕張先輩の部下ではありません。ふんっ」

 それならそれで構わないが、と琴樹は思う。小っちゃい奴だなとも。琴樹はじとりとした目付きをしておいた。

「なんですか。文句ありますか」

「ないよ。で、早速仕事が一つあるんだけど頼めるか?」

「……なんですか?」

 立場とか部下じゃないとか、言う割に言うことはよく聞いてくれるから琴樹は大いに明歩を走り回らせることになる。その手始めとして、琴樹は明歩にもう一人の役員確保を依頼した。

 優芽が部活の後輩に訊ね、部内には手を挙げる者がいなかった代わり推薦があったらしい。やりたがる、かもしれない、人物の心当たりがあったらしい。

「わかりました。今日の放課後にでも声を掛けに行ってみます」

「ありがと助かる。実際にどうなるかはわからないから、交渉は市橋に任せるよ。断られたら諦めてもいいし多少強引に誘ってもいい」

「責任転嫁ですか? 冗談です」

「……市橋は意外に気にする質だよなぁ」

「うっ……いいじゃないですか別に」

「責任はもちろん俺が取るけどさ、別に問題起こす気もないだろ?」

「問題なんて、起こす気がなくても起きるものです」

 市橋はそっぽを向いている。琴樹が茶化したあたりから。

「はは、そりゃそうだな。結果だけ教えてくれればいいから。それでもなにかあったら言ってくれ」

「……わかりました」

 もちろん問題なんて起きなかったし、役員は一人増えた。


 文化祭は二日間に亘る。土日。クラスや部活の出し物、イベントの数々、外部から自由に出入りもしてもらって、と、よくある形式に則っている。

 だから準備も忙しい。特にいくつかの、文化祭に積極的な部活に所属していると大変だ。クラスと部活の両方の作業に追われる者もちらほら。

「うぅ……疲れたよぉ」

 家に帰って荷物を置いて、腰に纏わりついた重さに琴樹は笑う。

「すげぇ力の入れようだもんな。お疲れ様」

 優芽のクラスのことである。迷路。教室を改造した迷路だが、隣が一つ空き教室なのでそちらも使うのだ。なお現在更に奥の空き教室の使用許可も交渉中。

「つぅかぁれぇたぁ。癒しが欲しいぃい」

 作業が軌道に乗るまでが一番面倒で、特に優芽は資材管理を任されたらしくここ数日は頭を捻っては呻いていた。手配がひと段落するまではもう少し。

「今日は勉強はなしにしとくか」

「ほんとっ? やった。えへへ~、じゃあじゃあ」

 琴樹の腰の重みが指向性を持つ。向かう部屋の奥には小窓とベッドがある。

 優芽が惚けた顔をして三時間後にようやく腹を満たし、落ち着いて会話を楽しむ。

「迷路ってことは、当日はけっこう自由時間多いよな?」

「うん。バド部の方が屋台だからそっちの手伝いもあるけど」

「売り子だっけ? バドミントンのユニフォームで」

「そうそう。スカートの方で、ってさ」

「そうか」

「んふー、嫉妬? 嫉妬しちゃう? スカートひらひらだからねぇ」

「しねぇよ」

 するが。ユニフォームだから、パンツタイプをメインにしていたとはいえ、大会なんかで使う時は使っていたし、そもそも制服だってスカートだ。丈はだいぶ違うが、それだって夏の私服ではもっと大胆だったこともある。そういう服装で街や水族館や、色々と出掛けたものだ、二人で。

 更に言えば、水着なんかとは比べるべくもない。肌の露出で言えばバドミントンのユニフォーム程度、なんてことないのである。

 それはそれとしてちょっと嫌だなというのが琴樹の本音だ。

「しない?」

「する。少しな。さすがにそんくらいで本気にはなんねぇよ」

 琴樹は努めて不機嫌そうな顔をして、優芽は自然と笑みを零した。


 琴樹にしろ優芽にしろ、どのクラスにしろどの部活にしろ、いくつも予定されているイベントにしろ、特段の問題も遅滞もないまま順調に準備は進んだ。

 琴樹は仁から度々、呼び出されたから文化祭全体の進捗も把握していた。モノの流れについても。

 そうなるとやり易い側面もあるもので、琴樹はクラスの出し物であるメイド喫茶の飾り付けを早めに終わらせて仁から押し付けられた方に集中することが出来た。

 ちなみにメイド喫茶は優芽が「いいなぁ」と羨ましがった。「今度……着てみよっか?」という提案にサムズアップを返したら半ば本気の蔑視を貰ったが。

 着々と、学校が様変わりしていく。たった二日のために二週間、立案から含めればもっとずっと前から、準備して用意して、部活や勉強の代わり、それらでは得難いものを得て。

 そうして紀字高校の生徒たちは文化祭の当日を迎えたのだった。

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