第130話 青春の日々に
春は短かった。ゴールデンウィークにはもう汗ばむ日も多く、夏服は待ち遠しさの中解禁された。また長袖に腕を通す頃には多くのことが、終わっているはずだ。
優芽は部活に集中した。勝ちたい、をこんなに思うことは二度とない。蒸し暑さ。涙に笑顔は作れなかった。
琴樹には涙もないから、それは少し勿体ないことをしたと思う。優芽と同じ悔しさを感じられないこと。感じることの出来た、出来てしまった者と、久しぶりにパスをした。バレーボールはもう、琴樹の思い通りにはならなかった。
試験は二回とも申し分なかったから、それはたしかな収穫だ。琴樹も優芽も。日々の勉強の成果がしっかりと表れてくれたから、優芽はご褒美を要求して琴樹はもちろんそれに応じた。
夏。
長い休みには三年分を詰め込んだ。海も山も、祭りも花火もキャンプもプールも。二人で卒業旅行にも。ダブルミーニングにはならないが。
大きめの音楽フェスにもみんなで行った。出演者に友人がいるなんて、きっとそこそこ希少な経験だろう。
休暇が終わって少しして、優芽は決めた。近くの大学。家から通える範囲の、一番の難関大を第一志望の欄に記入した。
「私……琴樹を追うだけの女にはならないから」
「おう」
それはそれとして寂しさは埋め合わせ、以降に何度も埋めることになるのだが、兎にも角にもそうして最後の夏服に袖を通した。
春が過ぎ、夏が終わり。
文化祭がやってくる。
「実行委員になったわオレ」
昼休みに琴樹は仁からそんな話を聞いた。
「へぇ。がんばれよ」
「しかも実行委員長」
「へぇ。……がんばれよ」
「淡泊ぅ! 塩いなぁ琴樹は。……そんな君に特別な使命を与えよう」
琴樹は表情だけ思い切り顰めておいた。
「『高校生のLIKEorLOVE』実行役員長に任命する」
顰めすぎて梅干しみたいな顔になる。
「なんだよそれ」
「『高校生のLIKEorLOVE』を成功に導くべく馬車馬の如く働く役、の長」
「だからなんだよその『高校生のLIKEorLOVE』ってのは」
「説明する?」
「やっぱ今はいい」
響きで大体わかるから琴樹はそこの説明は今は遠慮しておいた。
「やらん、そんな役のしかも長なんて」
「だっはっは。実行委員長命令なんだなこれが!」
「ざけんな。職権乱用で生徒会に訴えてやるわ」
「だっはっは! 生徒会もグルなんだなぁこれがぁ!」
「おまえ……はぁ。まぁ、わかったよ……やらせていただきます」
「おしおし、じゃ、説明いる?」
「いるよくそ野郎」
遠慮はない。
琴樹が想像した九割そのままだった。『高校生のLIKEorLOVE』なんてものは。
「パクりか」
「オマージュと言ってくれ」
まぁ琴樹としてもこのくらい単純な企画にパクるもなにもないとは思う。好きだのなんだの、大衆の面前で告白するなんて骨子のイベントは。
「……けっこう、楽か」
準備と言っても参加者を募集して場所を見繕うくらいなものだと見当をつけ、琴樹は楽観からそう呟いた。
「だろ? ま、あと二週間。準備のほどよろっつうことで」
「俺以外の役員は?」
「you一人だYOU。いてっ、殴りやがったな」
「正当な権利だ」
「役員集めも仕事さし、ご、と」
「てか別に俺一人でいいな」
「はいそれ駄目。最低でも、おまえ入れて三人以上な。各学年から最低一人ずつ。後輩にノウハウ伝えていかなきゃいけねぇだろ?」
至極尤もな理由に琴樹は舌打ちしたい気分だった。
「後輩に知ってる奴なんて……一人はいるか」
「まぁ白木にでも白木にでも頼れよいざという時は。じゃな、オレ次体育なんだわ」
「おう、またな」
お先、と去っていく仁を見送る必要もないから琴樹はすぐに考え事をはじめる。
『高校生のLIKEorLOVE』
「高校生……高校生、ね」
もしかしたら丁度いいのかもとそう思えてきたのだった。
その日の夜。琴樹の部屋で。シャワーを浴びてさっぱりとした琴樹は優芽に話を切り出した。
「というわけで、一年で役員とかそういう、運営的なの興味ありそうなタイプとか知らないか?」
「えぇ……どうだろ。そんな話はあんました覚えないしなぁ」
琴樹同様にさっぱりした気分の優芽であるが、琴樹の要望に応えられそうな一年生はぱっとは思い浮かばない。ベッドの上にぱたぱたと足を振ってもピンとくるものはなかった。
「わかんない。明日訊いてみるね」
「助かる。あと出来れば男子で頼む」
「他には?」
「率先して行動する地頭のいいタイプ。参加者勧誘にコミュ力と度胸も欲しいな。たぶん募集だけじゃ、頭数たりないだろうし。それと司会進行能力。先輩が後方腕組みしてるだけでも許してくれる寛容さも必要だ」
「うん、わかった。テキトーに訊いてみる」
優芽はにこりとほほ笑んだ。もちろん琴樹の要望は知ったこっちゃない。
「そんなことより早く早く。髪」
「だから俺待ってないで自分で乾かせって。風邪ひくぞ?」
「そんなヤワじゃないよぉ」
ドライヤーを適度に当てながら琴樹は『高校生のLIKEorLOVE』に必要なあれこれを考える。
「そういえば、二年生はいいの?」
「あぁ、それは市橋でいいかなって」
「断られたら?」
「大丈夫、断られることはないから」
優芽は後ろに座る琴樹を首を曲げて見上げ「なんで?」を問い掛けようとして、半分までしか言えなかった。
優芽の門限までまだあと一時間ある。