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第126話 目撃者談:……バカップル? 片足は突っ込んでたよね。

 一つ大きな節目を超えた感慨がある。

 琴樹は余韻がいつまでも抜けない感覚を味わっていた。どうも感傷的な気分になる。教室でも、体育館でも。

 気もそぞろというものだ。

「おい!」

 だから、それが自分に向けられたものだとすら認識できなかった。

 次の瞬間には顔の右の方から大きな衝撃を受けて、琴樹は派手に倒れる羽目になったのだった。

 見た目と音は派手に。ただ実際は衝撃こそ大きかったものの大きな負傷はなかった。

 少しだいぶけっこう痛いが。

「わりぃ幕張! 大丈夫か!?」

 バスケットボールを弾いた当人が慌てて駆け寄る頃には琴樹はひとまずの態勢を整えている。

 事故だった。パスのボールを弾いて止めて、それがコートの外にいた琴樹に直撃した。責任で言えばそんな場所に居ながら注意散漫だった琴樹が負うところが大きい。琴樹自身もそれを理解しているから患部を手で抑えながら歪んだ笑顔を作る。

「いや、俺がちゃんと見てなかった。わるい。あぁ、つぅ。けっこういてぇな、はは」

「ほんとすまん。保健室行っとけよ。行こうぜ、一応ついてくよ」

「大丈夫大丈夫。一人で行ける。ほんと、全然大したことねぇから。わるいな試合止めちまって」

 尚もついてこようとする友人を手で制して一人、体育館を出て行く。ちょっぴり情けない気分。

「なにやってんだ俺」

 とぼとぼと廊下を歩いて保健室のドアをノックするが返事はない。

「失礼します」

 案の定、誰もいなかった。とはいえ鍵は開いていたし事務机の上を見た感じ少々席を外しているだけに思える。

 勝手に冷蔵庫を漁らせてもらって氷嚢を作り、琴樹は適当なところにパイプ椅子を持ってきて保健の先生が戻ってくるのを待たせてもらうことにした。

 予想通り待つ時間は短かった。

 ドアの小窓に影が出来たのと開く音はほとんど同時だ。

「あら」

「すみません、ちょっとぶつ」

 けて、と続けられなかったのは、先生と一緒に入ってくる生徒がいたからで、その生徒がよく知る相手だったから。

「涼?」

「幕張、君」

 見るからに具合の悪そうな友人に、琴樹は数度目を瞬かせた。


「ごめんなさいね。少し出ていてもらえるかしら」

 怪我の状態を簡単に見てもらってすぐ、琴樹は保健室を追い出された。なんとなく察して素直に従う。なんならこのまま体育館に戻ってもいいと言ったがそこは生徒の健康を預かる身として認められないと返されてしまった。

 ほんとに大丈夫なんだけどなと思いつつ待つことしばし。ガラリと音がして「もういいわよ」と言われるままに琴樹は保健室内に戻った。

 涼の姿はない。ベッドは一つ、カーテンの向こうに見えなくなっている。

「それで、ぶつけたということだけれど」

「あぁ、はい。体育でバスケしてたんですけど、バスケボールがこう、ぶつかりまして」

「けっこうな勢いだったんじゃない?」

「たぶん。見えてなかったからわからないですけど、衝撃で倒れるくらいは勢いありました」

「倒れたの? 顔の他には大丈夫なの?」

 等々。問答と消毒を受ける。どうも軽い擦過傷になっているらしかった。はいと手渡された手鏡で確認したらたしかに傷っぽい。琴樹は面白がって患部に触れようとして「触っちゃ駄目よ」と窘められた。

「すみません」

 笑って流して手を近づけるのはやめる。

 雑談程度に話をして、様子見は終わり。大丈夫そうということで丁度良く訪れた休み時間に教室に戻らせてもらった。氷嚢は一応、貰って。

 優芽には言っておこうと思って優芽の教室に立ち寄り、外から中の様子を窺うその時にも琴樹は患部を冷やし続けていた。

 おかげで目が合った優芽がぎょっと目を見開いて慌ただしく駆けてくるから苦笑したものだ。

「琴樹、それ、どうしたの!?」

「落ち着け落ち着け。ぶつけただけだ」

 言うが、逆の立場なら今の優芽の比じゃない慌てようを晒したに違いない琴樹である。

 保健室でしたのと同じ説明を繰り返し、優芽にほっと胸を撫で下ろさせる。

「もう、なにやってんの……痛い?」

 そっと優芽の手が伸びてくる。氷嚢を当てる琴樹の手の、更にその上から手を当てるのは傷にだ。実態としては手の甲に触れる優芽の手の優しさに琴樹は一旦、手を下ろして患部を見せた。

「痛そうだね」

「少しな」

 だから、氷嚢より消毒液より効き目のありそうな治療が欲しい。

 琴樹は冷えていない方の手で優芽が差し伸べる手を導いて傷に触れさせる。もしかしたら汚れさせてしまうかも、汚してしまうかもしれないが。

 優芽はそんなことを気にしない。し、そのはずだと琴樹も信じられる。


 琴樹の顔に触れる優芽は当然、周囲のことなど目にも意識にも入っていない。教室の前の廊下で、通行の妨げにはなっていないが人目は数えるのも面倒なくらい大勢だというのにだ。

「怖いな。頭って後から、なにかあったり、急に症状が出たりするんでしょ?」

「みたいだな。気を付けとくよ」

「今日は放課後補習だけだよね? 私、部活早めに上がるから一緒に帰ろ?」

「あー……わかった。わるいけど頼む」

「家にも行くから。だいじょぶ、お母さんも琴樹の家なら門限厳しいこと言わないはずだから」

「それは、大丈夫でいいのか?」

「大丈夫、でしょ?」

「まぁそう言うんなら」

「泊まってもいい?」

「ダメに決まってるが」

「むぅ」

「そんな顔してもダメなもんはダメだって」

 優芽はそれでも頬を膨らませていたが、肩を軽く叩かれて「ん?」とそちらを見遣った。

 市橋明歩が気まずさと辟易の合わせ顔をしていた。

「あの、先輩たちみなさん困ってますから……そういうことは人のいないとこでやった方がいいと思います」

 言われて改めて考えると、親密よりも蜜月に近いくらいの触れ合いだったかもしれない。

「でも心配だし」

 優芽はそれでどう思われても構わなかったが、琴樹の方が折れたのだった。

「たしかにな。それで市橋はなんでここに?」

 優芽は不満に少し唇を尖らせた。


 明歩が三年生の教室を訪れたのは、予想したとおりに涼が目当てであった。

「涼なら保健室だぞ」

「えっ!? な、なぜ!?」

「ちょい具合悪いみたいだった。たまたま鉢合わせてさ。詳しいことは男の俺にはわからなかったけど」

「そうですか。それなら、お見舞いもやめておきます」

 明歩がすんなりと聞き分けよく立ち去った後に、優芽が眉を寄せた。

「涼、最近忙しいみたい。やっぱり大変だよね、学生で歌手活動とか」

「そうなんだろうな、きっと。想像しか出来ねぇけど」

「だね。今度みんなで遊びに行きたいな。涼にも、気分転換みたいな」

「いいと思う。みんなで遊んで、楽しいことしたらいい気分転換になるだろ。遊ぶ日が決まったらまぁ、一応教えてくれ」

「一応って……それに決まったらていうか琴樹も一緒に決めてくれなきゃ」

「……みんな、って、たぶん、女子だけで遊びに行った方がいいと思うぞ。気分転換」

「そん……なことも、あるか。あるかもね。うん。……そうする」

 優芽は思案し琴樹の言を受け入れることにした。

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