第124話 想
三日経って、昼休みに琴樹と優芽が廊下を歩いている時だった。
呼び止められて、ちょっとここでは、なんて場所を移して、土曜日のことを謝罪されたことに琴樹も優芽もさほど心動かさなかった。
逆に申し訳なさがあるくらいだ。それとこうしていることへの感心。
僅かな時間で先に去っていった人を二人で見送り、優芽は琴樹を見上げる。
「悪い人じゃ、ないでしょ?」
「ああ。止めてくれてありがとな、あの日、土曜日」
「怒ったまんま土日を過ごすなんて勿体ないもん」
「そうだな、たしかに」
琴樹は笑った。窓の外に新緑を見た。
夏を待つのはやめようと思った。
「優芽……土曜日、今週の土曜日だけど、予定って空いてるか?」
「もちろん空いてるよ。午後ね。午前は部活」
琴樹が放課後に補習を受けたり、以前より頻度は減じたが平日休日問わずバイトをしていたり、だから土曜日は出来るだけ空けておこうという取り決めを成しているのだ。
「なら午後に、行きたいところがある。優芽と一緒、いや、優芽を連れて」
「連れて?」
気になる言い回しの訂正ではある。優芽は首を傾げた。
「だいじょぶだけど……どこ行くの?」
「墓参り。楽しいわけじゃないけど、来てくれないか」
「……うん。連れてって」
約束を果たしに行こう。
電車とバスを乗り継いで片道1時間と少し。郊外。
大きな建物は他になく、広い道路の脇に目立つ白い建物だ。
独特の気配が充満する館内で小道具を借り、花は買った。他に少しの荷物。
休日だからか人はそれなりに訪れているようだった。
静かな石畳を迷わず歩けるようになったのは、三回目に来た時。二十三回目の今日は、目を瞑っていてもそこに辿り着ける。
掌を合わせる。そこには様々な感慨があって、想いがあって、なのに何も考えることなどないような無心。
区切りとして来たから、ではないが最低限の礼は尽くし、また掌を合わせて目を瞑る。今度も短く。
短くだ。
琴樹は思う。
なんでもない日に、区切りをつけるために連れて来たのは自分だ。
(いつもごめん)
心を整理し、いつもいつも拠り所としてしまう自分を謝る。
(今度こそちゃんとするから)
心を定めたから、拠り所は今日で終わろうと誓う。
(ありがとう)
貴女は今日まで、俺の恋でした。
「好きな人が出来ました」
いつか琴樹に好きな人が出来たら、一番に教えてね。
「ごめん。遅くなった」
――ほんとだよ。
琴樹はハッとして顔を上げた。
なにもない。
硬い石の標の他に何もなく、何も聞こえてくることなどない。
夏はまだ先。春風は瞼の縁を撫でてほんの少しだけ重くなった。