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第122話 いつかはと。それでいいはずもないもの。なかったもの

 どこか心のいずこかにそれは飛び回っている。

 見えず聞こえず感じられない透明で小さな何か。

 それは折に触れて心の器にぶつかっては瞬く。

 最後に残った約束。

「いつか琴樹に――」


 ぼーっと、目線はビルと空とに向かっている。公園の入り口で柵に腰を預けた琴樹は、何も見てはいなかった。

 土曜日の遅い時刻に人の姿は少ない。園内にならジョギングする人なんかが疎らに足音を立てているが、メインではない入り口などに用がある者はそういなかった。

 琴樹は優芽を待っている。両手には紅茶とコーヒー。待ち合わせの刻限はもうすぐ。


 琴樹は優芽を待っている。両手には温い紅茶とコーヒー。待ち合わせの刻限は、もう10分も前に過ぎている。

 琴樹はまたスマホを確認する。40分前のやり取り、最後は優芽からのメッセージ。着いた待ってる、の15分前のメッセージは、読まれていない。

「どうすっかなぁ」

 声は平坦で、実情を何も反映しちゃいなかった。

 30分は動かなすぎか。10分では早計な気がした。15分して共通の友人に確認するのはきっと非常識じゃないはずだ。

 あと3分したらまず希美に連絡して、そのあとには優芽のクラスの他の友人にも。

 琴樹は心定めて目を瞑った。自分に言い聞かせるものは、大丈夫。

 そうして琴樹が希美に向けた文面を作っている途中に、存外とあっさりと心配は霧散した。

「琴樹!」

 声に顔を上げる。

「優芽!」

 駆けてくるのを待つのももどかしく駆け寄った。

「ごめん! 遅刻した!」

 優芽の両手を合わせた謝罪に琴樹は伸ばしかけた腕を引っ込める。抱き寄せかけた手を。

「あ、いや、いいんだ、別に。なにかあったか?」

「あはは。ちょっと……話が盛り上がっちゃって」

「そっか……それなら、よかった」

 優芽の訂正は早かった。

「ごめん。違くて、ほんとは」

 琴樹は抱き寄せなかった。そのまえに優芽が距離をゼロにした。

「告られた……それがちょっと強引で」

 よしならとりあえずそいつをぶっ飛ばそう。

「私も悪いんだけど」

「優芽が悪いわけないだろ」

 琴樹は出来るだけ柔らかく優芽の背中に腕を回す。ぶっ飛ばすのは保留。

「ううん。ほんとに。……私が、スマホばっか見てたから、それで、それは、ほんとにそうだったと、思うし。私が悪かったとこ、も、あったとは、思う」


 いきさつは。

 クラス会の一次会の解散、それは琴樹と優芽との待ち合わせの時刻的にも丁度良く、優芽はもちろん二次会への参加は断った。断った人は他にもいて、クラスの半数には及ばないものの特に悪目立ちなどしなかったはずだと優芽は語る。男子も女子も幾人かはそうして場を後にしたのだ。

 それをどう受け取ったのか。

 一人、優芽と同じ道を辿る男子がいた。その時点で少し、優芽には嫌な予感はあった。

 予感は的中してしまって、人通りの少なくなったタイミングに腕を掴まれたのが最初だった。

「待てよ、優芽。止まってくれ」

 そのあとのことを優芽は大まかに琴樹に伝えた。

 告白された。断った。

 怒らせてしまった。

 それが男子が責め優芽の言うスマホばかり見ていた、という今日のクラス会での優芽の姿であり。

 それと、別のクラスの男子との、親し気だけど親しい止まりの関係。

「ごめん。琴樹も、なんか巻き込んじゃったのかもしれない」

「ばか、なに言ってんだ、謝るなよ。それより大丈夫か? 強引ってどんな感じだったんだ?」

「えと……腕、掴まれたりとか、そのくらい、だけ」

「……他には?」

「ええと……ス、スマホ、その時に落としちゃって……画面割れちゃって。だから連絡も出来なくって、ごめん、遅くなっちゃった」

「いい、いい。なんも悪くねぇ。優芽は悪くない。なんも、嫌でも辛くもなかったから、ちょっと待つくらい、なんでもなかったから」

 琴樹はそう言って優芽の肩を押し出して二人の間に距離を作る。優芽が「あ」と悲し気な様子を見せてもお構いなしだ。

 琴樹は、優芽の腕を取る。利き腕。

「……これ、そん時にってことだよな?」

 手の甲の小さな傷。白い肌を汚すもの。

「あ、う、え……えと……うん……ぶつけちゃって……」

「相手、誰だよ」

「……言わない」

「優芽っ」

「言わないっ。琴樹、怖い顔してるもん」

 優芽から見て、今の琴樹は冷静さを失う数歩手間だ。具体的にはわからないけれど、その歩数がいつもと同じでないことだけは絶対に間違いない。冷静でなくなった先に待つものもよくわかる。

 だから言わない。

「喧嘩は、やだよ」

 それに。

「琴樹が、傷ついたり傷つけたり……やだよ」

 優芽が言い募り、その表情があまりに、あまりに泣き出しそうに見えて。

 琴樹は「ごめん」と言って脱力した。

「ごめん。ごめん。そう、だな。そうだよな。カッとなった……ごめん」

 それじゃクソ親父と同じだ。理由は全然違うけれど、すぐに手が出るようなのは、クソだ。

 琴樹は代わりに、掴んでいた優芽の利き腕を引っ張って胸の中に温もりを取り戻す。

「わっ」

 なんて驚いて、優芽が嫌な記憶を忘れてくれないだろうか。ないだろう。あるわけがない。

「月曜日、話すよ。言う。俺がちゃんと、言うからみんなに。優芽と付き合ってるんだって」

 優芽は「うん」と頷いていつかのように琴樹の胸に頬をぴったりとつけた。

 それだけで安心するのに。

「優芽は俺のだって、ちゃんと言うから」

 実のところ、それで優芽の中で今日という日は嫌な記憶からいい記憶に改竄された。琴樹にはしばらく秘密だが。

「あの……わ、私が琴樹のだとか……そこまでは言わなくていいかなぁって」

 あとちゃんと止めておいた。

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