第120話 自分は自分、他人は他人で割り切れない思春期のあれこれ
学校での生活は驚くほど変わらなかった。
琴樹も優芽も最低限の節度ってものは守る。守った上で変わらない。
ということはだ。
「なぁ……俺ってけっこう……頭ハッピーだったりする?」
「どうした急に。おまえはいつでも頭ハッピーポッキー卵焼きだろ」
「いやさぁ、俺さぁ、優芽のとこ行ったりとか普通にしてたし……学校でな? かなりこう、距離感なんかも近かった……のではないかと、思いまして」
「ははぁん。つまり付き合いだしてそういうとこ意識しちゃったわけな」
「ほらあんま、ベタベタとうざったい感じに見えないようにって気を付けようって話してさ。そんで今日一日、半日過ごしたわけだけど」
学食。昼食。琴樹と仁は四人席に向かい合っている。
琴樹は改めて確認した。
「俺ってだいぶ、優芽中心で学校生活過ごして……たくない?」
「ベタベタとうざったい感じにな」
今日に限って先約をしていなかった仁は投げやりに答えて蕎麦を啜った。
「そこまでではないだろ」
麺を啜る音だけが響いた。
後から合流した友人たちにも同じ回答「ベタベタうざったい感じ」という所感をいただいた琴樹は教室に戻ってからも自席から動かなかった。昼休みはまだあと十五分もある。ほぼ無意識で優芽の教室に向かおうとして冷や汗垂らして机に頬杖ついているのだった。
「あれ、幕張今日は白木さんは休みか?」
そんな言葉も掛けられたが、琴樹が答えるより先に別のクラスメイトが「白木さんなら見かけたけど。午前に」と応じた。一年生から同じクラスだから二人とも色んなものを知っているし見てきていた。
「あ、そうなん。お、てかおまえさぁ」
とはいえ仁や他の気兼ねない友人たちとは違うクラスメイトの友人だ。早速、他の話題に遷移した二人から琴樹は視線を切った。二人もすぐにどこかへ去っていく。
「はぁ」
一括りに友人と言っても様々だ。
「幕張君は、今日は優芽は休み?」
似た響きで違う意味を問うてくる文などとは、やっぱり関係の深さが違うものだ。
「……休む」
「なるほどねぇ。優芽が一回来たくらいで理解したのは偉いね」
今日いままでのところ、琴樹と優芽が話したのは午前に二度だけ。一回は優芽が琴樹の教室を訪れ、一回はたまたま廊下で顔を合わせた。
琴樹から優芽のもとを訪ねるのは、今日は休み。
「そういう風に思ってたんなら言ってくれよ」
「私は別に構わなかったし。というか近しいところは大体そうじゃないかな、希美とかも。ちなみに私はこれまで以上も全然、構わないよ」
「そうですか。しないけど」
「ほんとかなぁ」
くすりと笑って呼ばれて立ち去っていく文を琴樹は半目で見送る。
琴樹と優芽は自分たちのことについて、ひとまず文の言うところの近しい人以外には伏せることにした。
面倒だから。なによりそれで学校内でも冷やかしてきそうなのも近しい人たち、の一部だ。
他の人に秘密にすることでそちらを抑え込む。琴樹が閃いた完璧な策であった。ばらしたりはしない信用はしている。友人として尊重は互いに持っている。だからこその友人だ。
琴樹はまた考える。自身と優芽について。
節度を持って。でも恋人らしく。そういう取り決め。後者が意味を成さない日々を過ごしていたと自覚し、琴樹は長めに息を吐き出さざるをえないのだった。
優芽も。
優芽は優芽で同刻、別の場所で深いため息を友人に見咎められた。
「あ、ため息禁止」
広い交友の広がる先には先人もいて、男女交際のいろはをご教授いただいた後のこと。優芽は数分前までの先生に指摘されたのだった。
「特に二人ともため息ついてるとどんどん沈んでっちゃうからね」
経験から来るのだろう言葉はほんとに苦味のある苦笑と一緒だった。優芽は「うん、気を付けるね」と素直に受け取る。
恋愛相談にも色んな段階があって、この友人にはステップアップを報告している。隣の友人にも。
三人で学生食堂の席を一つ占有しての相談会である。
「しかしこれで白木さんも彼氏持ちかー。あぁ、周りがどんどん身を固めていく」
「あはは。そんな大袈裟な」
周りがみんな、なんてことはないだろうし身を固めるは気が早いにもほどがある。
そう、そういう可能性もある。優芽は一瞬は思い浮かべた。二つの未来を両方とも。
「固めちゃえー」
恋愛観として、優芽も先に浮かんだ方がいい。けれどもしかしたらは、有り得るのだ。
「ねぇ、美玖はどうする気? 進学だよね?」
色恋だけを理由にはしないと決めた。決めたが、それを含めてどうしたらいいのか優芽のキャンバスはまだ真っ白のままだ。
琴樹が遠くに行った後、勉強を頑張った、部活を頑張った、生活にメリハリをつけるようにした、目一杯遊んだ、夏にはバイトも少し経験した。
それでもまだ描けないもの。
小夜が保育士を目指すように。
文が趣味の詩家を志すように。
希美が決めないことを決めたように。
涼が、一足飛びに遠い存在になったように。
描けない。
時間は少ない。筆はもう握らされている。