第119話 たがえどもたがうことのないように
優芽と芽衣は内緒の姉妹会議を執り行った。
場所は優芽の部屋。時間としてはほんの三分。部外者はドアの外。
「芽衣。おねえちゃんの秘密。覚えてるよね?」
「はい! たい」
「しーっ、ちっちゃな声で、って言ってるでしょ」
芽衣は慌てて両手でお口を抑えた。おねえちゃんの秘密はとてもとても大事で、言いつけを守らないと怒られてしまう。コクコクコク、と頭を振り子にして姉の許しが出てから耳打ちする。
「たいじゅうとぉ、おっぱいとぉ、おねえちゃんはおうちでもしっかりものですって言うの」
「そうそう」
前の二つは話題に出すことを禁じており、しっかり者は、何かのタイミングに話すことがあればそう言うようにと言い含めていた。
「写真立ても、秘密ね。おねえちゃんの秘密」
「おねえちゃんひみついっぱいだぁ」
「芽衣もおねえちゃんとおんなじ年齢になったらわかるからね」
「そうかなぁ」
「そうなの。嫌でもわかっちゃうはずなんだから」
秘密はどちらかと言えば善くないことと理解している芽衣は、自分が姉のように秘密いっぱいになるのは嫌だった。
「おねえちゃん、だいじなことはひみつ、しない?」
それと、姉がそうであることも、素直には喜べない。
秘密はいつか擦れ違い、致命的な決別になると思っている。ドラマの影響だが。
「しないよ。大事は、秘密にしない。でもね、世の中には言わなくていいこともいっぱいあるの」
「よのなか……」
「芽衣もすぐにわかるから」
頭を撫でられて嬉しいけれど、芽衣はこの時ばかりは自分の頭に手を添える姉を不満顔で見上げた。
会議終了ということで呼び戻された琴樹は一応、文句を口にしておいた。
「締め出されるとは思ってなかったよ」
「ごめんごめん」
と優芽が軽く流す程度ではある。「ほら」と優芽が自分の横の座布団を叩くから琴樹は大人しく元の位置に座り直した。
「それで会議の進捗は?」
「ちゃんと終わったよ」
「けっこう、芽衣ちゃんは納得してなさそうに見えるんですが?」
けろりと普段通りの優芽から可愛らしく唇が尖り気味の芽衣へと琴樹は視線を移した。
「芽衣ちゃん、お姉ちゃんに……お姉ちゃんのことで嫌なことあったら俺に言ってな。俺はいつでも芽衣ちゃんの味方だから」
「ずるっ。言い方ずるっ」
芽衣は。
不満をいっそう色濃くした。
「こときおにいちゃんは、おねえちゃんのみかたがいい」
芽衣としては琴樹には優芽の味方でいて欲しいのだ。隣に居る人でいて欲しいのだ。ずっと一緒に、居てくれなければ困るのだ。
「そっか。もちろん優芽の味方でもあるよ。俺は……優芽と芽衣ちゃんの味方だから。ずっと……」
琴樹は続く言葉を吐き出せなかった。ずっと味方だから、ずっと一緒だから。ずっと、守っていくから。そういう言葉を。
なにがあっても。と。そんな言葉を。
「ずっと?」
「うん……そう、ずっとね。さ、この話はおしまいにしようか」
芽衣には、ずっととはずっとだ。ずっと、には全ての言葉が続く。味方で一緒で包み込んで安心させてくれる。それが、ずっと、だ。
「ずっとならね、いいんだよ」
芽衣はにこりと笑む。
いつかは薄く細くなるずっとを、今はまだ無垢に信じている。
テーブルに並べたモノを数えて「いっぱい!」に収束した芽衣がガバリと体で「これめいの!」と喜びを表現する。
大袈裟とは琴樹も優芽も思わない。喜んでくれたことがただ嬉しい。
琴樹が時計を確認するとだいぶ時間が経っていた。一人相手には異常と呼べるくらいのお土産の数だったとは今にして琴樹も反省しているところである。
「そろそろ。優芽、芽衣ちゃん、俺はそろそろ帰るよ。優芽、遅くまでわるい。芽衣ちゃん、またね。またお土産の感想とか聞かせてね」
今日のところは手を付けていないお菓子だとか実用系玩具系、そういったモノの感想を聞くのは実に楽しみだと琴樹は思う。
腰を上げて荷物を肩に提げる。優芽の部屋を出てリビングに立ち寄る。帰宅の意思を伝えれば玄関には来たときと同じだけの人数が揃ってしまった。琴樹は大変恐縮しつつ、白木家を後にすることになったのだった。
家路は歩きだけ。改めて近いところに住んでいると琴樹は苦笑した。
たしかに他に選択肢がなかったというのもある。ほぼ身寄りなし状態の琴樹はそれだけで幾つかの物件を諦めざるを得なかった。他に、通学しやすく、出来れば繁華街至近は避け、もちろん家賃は安ければ安いほどいい。あと風呂トイレ別。等々。
最終的には医院の先生の紹介を頂戴した。
学校には特例を認めてもらった。
施設にも迷惑をかけた。
「守って……」
知らず零れたものは琴樹の本心が漏れたものだ。
「いや。一歩一歩。一歩一歩だ」
琴樹は頭を振る。
今の自分は優芽を、芽衣を、誰も守ってやることなど出来ない。守っていくことなど出来るわけがない。
だから一歩一歩。
守っていくことは決めた、そういう関係にもなった。
ならあとは守れる自分になればいい。
「あ。芽衣ちゃんに言うの忘れた」
とりあえず次に会う時には芽衣に、優芽と交際をはじめたことを伝えようと、琴樹はそんなことを思いながら長くない帰路を辿った。