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第118話 幼女はそろそろ姉の手に負えない年頃(物理)

「俊次さん、早智子さん。これ、大したものではないんですけど」

「あら、わざわざありがとう」

 旅行先の銘菓です、と琴樹は紙袋を一つ白木早智子に手渡した。玄関まで家族総出で出迎えられて気後れしたのは事実だが、なんとか踏ん張って表には出さないでおく。

 白木家勢揃いの理由は単純で、早智子が袋を受け取るために手を放すまで両親の間でそれぞれと手を繋いでいた幼女の要望だった。

 琴樹の緊張より先に「お邪魔します」と「おかえりなさい! おにいちゃん!」は済ませてある。「ただいま」と「おかえりなさい! おねえちゃん!」も。

 先に靴を脱いだ優芽が母と妹と一緒にリビングに向かう。

 ということは、残されたのは琴樹と、白木家の大黒柱、白木俊次というわけだ。

「どうだったかな? 修学旅行は。楽しんでくれたかい?」

「はい。とても楽しかったです。感謝してます。みんなに。優芽さんにも」

 俊次の表情が緩む。

「あの子は……あの子も、だろうが、幕張君が楽しんでくれるようにと随分、気にしていたからね」

 それは小さな裏切りではある。優芽にとっては自宅であれこれ家族に話したことはそうと言葉にするまでもなく秘密の内なのだ。

「てるてる坊主なんてのも作ったりとね。芽衣と一緒に楽しそうに飾り付けていたよ」

 優芽が教え、芽衣がはじめて作ったてるてる坊主は今も軒先にぶら下がったままだ。

「そう、なんですか。優芽さんには、芽衣ちゃんにも、いつも助けてもらってます。一緒に遊んでくれたり、話すだけでも……今日みたいにごはんに呼んでくれるの、すごく嬉しいんです。すみません僕なんかがお邪魔しちゃって」

「そう言うな。優芽も芽衣も、早智子も楽しいらしい、幕張君が来るのは」

「そう、ですか……」

「うちには男の子は……出来なかったからねぇ」

 琴樹が「そ」うですか、とまた返す前にリビングから女性の顔がひょっこりのぞいた。

「あなた。いつまでそんなところで捕まえてるの。早く来てもらいなさい。ごめんなさいね琴樹君」

「いえ! とんでもないです」

「すまなかったね。行こうか。また後で話を聞かせてくれ」

「あ、はい。もちろんです」

「ちなみに」

 琴樹は肩に物理的な重量と、そしてそれ以上の精神的な圧力を受けた。

「優芽に、変なことはしていないだろうな? あの子に何もなかっただろうな?」

「へ、変なことは、なかったと……な、なかったです、はい。俺と仁、僕と友人で一応、そこらへん気を付けてはいたので」

 あとは『僕と友人』を信じてもらうしかない。『僕と友人』が見張り、ボディーガードとして頼れると。それから女友達におかしな真似をする人間ではないと。

 そのあたりは俊次としては幕張琴樹は信じている。浦部仁については信じる他ない。

 それはそれとして父親として、愛娘に関しては琴樹を最も警戒している側面も、もちろんあるわけで。

「何度も言うが……優芽を、芽衣もだが、泣かせることは許さんからな」

「こ、心得てます」

 琴樹が唾を飲み込んだのと、ひょっこり女性の二度目の呼びかけは同時だった。

「あなた~。早く来ないと締め出すわよ?」

 たぶん前例があるのだろうなと、圧力から解放された琴樹は大きいのに小さく見える背中に思った。

「いや、違うんだよ、非常に重要な話があってだね」

「はいはい。琴樹君も……早く来て」

 迫力が全然違う声と優しい手招きに応じて、琴樹は白木家のリビングに向かった。


 五人で囲むテーブルにはもう、ぎこちなさはない。俊次、早智子の夫妻が並び対面に芽衣を中心とした三人が座る。そういう形が、今はもう随分と馴染んでいた。

 食べるばかりに口を使うわけではないから時間をかけて皿を空にする。談笑の話題はやはり修学旅行で、優芽と琴樹が何か一つ話すたびに芽衣が気ままに感想を言う。多くは「めいもする」に帰結するわけだが。

 食事の後には早智子の計らいで優芽の部屋に移動となる。大人、親、友人の親。それはどうしたって琴樹と優芽に少なからず緊張を与えてしまう。言われずとも配慮されたことはわかるから琴樹は小さく会釈だけしておいた。

 そうして二階に上がって、リビングでの話の続きを少しした後に琴樹は横合いに手を伸ばした。紙袋だ。

「芽衣ちゃん。これ、お土産。俺から芽衣ちゃんにね」

「私からはこれね」

 優芽もタイミングを合わせる。

「おみやげ? さっきもらったってママ言ってたよ?」

「そうだね。でもそれは、なんていうかみんなにあげたんだ。芽衣ちゃんと、芽衣ちゃんのママとパパに。これは、芽衣ちゃんにだけ。芽衣ちゃんのためのお土産だよ」

「めいの、だけ!?」

 芽衣が大きく息を吸って目を見開くほど、喜んでくれた。お土産、買ってよかった、と琴樹も優芽も深く心に染みる。嬉しいは、贈って、貰った。

「めいのっ。めいのおみやげ? めいのっ」

「そう、芽衣ちゃんの」

「あけていいですか!?」

「もちろん」

 芽衣は「やたー!」を声にするより早く紙袋に顔を寄せた。思いっ切り開いて上から、顔を突っ込むほどの勢いでまず中身を確かめる。

「いっぱい入ってる!」

 勢いそのまま、けれど一つ一つ丁寧に袋から取り出してテーブルに積み上げ、全部重ねようとするからそこは優芽が横から手を出した。

「あけていいですか!?」

 二回目の確認は、個々のお土産についてだ。琴樹が許可すれば芽衣はすぐに開封作業に取り掛かる。

「こうしてぇ……こう」

 包み紙を剥いで八割は「おかしだ!」と続く。実際、お土産のほとんどは菓子類なのだ。

「食べていっ!? めいいま食べていい? ですか?」

 琴樹は目線で優芽に回答権を移譲する。

「少しだけね。あとはお母さんに渡して、また今度食べようね」

「はいっ! いっこ食べます!」

 一個も繰り返せば無数なわけで、五つ目の包みを解いた後には芽衣は「これあした食べる」と言葉を変えた。

「ふふ、そうだね、それがいいよ」

 銘菓やご当地もののお菓子を摘まんだ後には食べ物以外が出てくる。

「こときおにいちゃん、これなにぃ? クマさん、おすわりしてるぅ」

「それは写真立てだよ。あ、わかるかな、写真立てっていうの」

「しゃしんたて! しゃしん、たてるやつ! めい知ってます!」

 芽衣はすっくと立ちあがったかと思えば、優芽が勉強に使っている机に駆け寄る。

 優芽は察した。

「芽衣待った!!!」

 琴樹も驚くほどの声量だった。

「芽衣、待って……待って」

 咄嗟に腕を伸ばしていた優芽は芽衣に負けないくらい俊敏に立つと、妹のすぐ傍に移動する。

 そっと芽衣の手を抑える。芽衣がその小さな手に持つものと一緒に。

「それは、だめ。ね? 置いておこっか」

「でもこれ、しゃしんたて」

「うんうん。わかってるわかってる。芽衣が写真立てを知ってるのはよーくわかったから、ね、大丈夫だからそれは置いておこうねー」

 置いてけぼりなのは琴樹である。姉妹のやり取りを、なにやってんだろ、とぼんやり眺めている。

「琴樹もわかったよね? 芽衣は写真立て、知ってるって。だよねっ?」

「お、おう。それはわかった」

 そういうことだから、そういうことなら、ということになって芽衣も優芽も元の場所に戻ったが。

「おねえちゃんのね、しゃしんたてね、こときおにいちゃんなんだよ」

 芽衣が本当に伝えたかったことに実物は必要なかったのだった。

「あぁあああ!? あ、ちがうっ、ちがうけどねっ。たまたま、そうたまたま琴樹も写ってるとかね、そういう写真なんだけどねっ」

「おねえちゃんうそつきだー。おしゃしん、こときおにいちゃんしかうつってないもん! それでね」

 いよいよ優芽は物理的に芽衣の口を塞いだ。これ以上を許すわけにはいかない。

「なんでもない、なんでもないから」

「いや……芽衣ちゃんめっちゃ暴れてますけども……」

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