第117話 普通じゃないとは普通ではないということです
「ではでは第一回紀字高校トランプ最強王決定戦をはじめまーす」
「ババ抜きとUNOの二本勝負な。はいそこトランプ最強王なのにUNO? とか言わない」
「言ってねぇよ」
「ルールは簡単、一本勝負。ババ抜きとUNOで同じ人が勝ったらその人が最強王、んで違う人だったらジャンケンな。ジャンケンで決めるから。はいそこ文句言わない」
「だから言ってねぇ」
「浦部っ、進行早いっ。もっとわたしに喋らせろ!」
「いい加減いい時間だからサクサク行くんだよサクサク」
「たしかに少し眠いかな」
「私もちょっと。琴樹はだいじょぶ? 朝、眠いって言ってたよね」
「大丈夫だ。電車で寝たのがばっちり効いてる」
「んで罰ゲームを、じゃあどうぞ篠原」
「明日覚えてろよ~。こほん、罰ゲームはぁ……」
「早くしてくんない?」
「みんなが辛辣だぁ。ぐすん」
「あはは。みんな本気で言ってるわけじゃないから。だいじょぶだいじょぶ、私ももちろん楽しみだよ? 第一回紀字高校トランプ王決定戦」
「最強王……」
「それで罰ゲームはなにやるんだ? やっぱそこが大事だよな。気合いの入り方が違うっつうか」
「でしょでしょ!? わかってんねぇ。罰ゲームはね……じゃん! わさびクッキ~」
一時間後。
「くぅうううん、ツーンてするぅううう」
二連敗した希美が自分の用意したクッキーを食すことになった。
それから、少し遊んだくらいで終われるわけもなく、トランプで他の勝負をしたり、UNOをまたやったり、ただお喋りに時間を過ごしたり。
解散の空気感が漂ったのは文が舟を漕ぎだしてからだった。こくり、と揺れる文に希美が声を掛け、返事がふにゃふにゃだから苦笑する。
「ここまでかな」
「そうだな。そろそろ寝よう」
希美と仁のやり取りに琴樹たちも頷く。
隣の部屋までではあるが念のため、琴樹と仁は廊下に出て四人がドアの向こうに姿を消すのを見送った。
翌朝に文は若干、女子たちの後ろに隠れがちであった。
朝食は前日の夕食と同様に大広間に、今度はバイキング形式だから各自が好きなものを好きなだけ。
宿を後にする前には最後の温泉にも浸かり、さっぱりと気持ちのいい気分と体で日差しを浴びる。
「さぁて、んじゃあ行くかぁ」
バスから降りた後、仁が先頭を歩いて駅のホームまで。
帰りは途中下車で観光地を一つ回って、帰宅の予定だった。
「そうだ、白木にも言っとくけど。おめでと。ようやくって感じだけどな、オレらからしたら」
優芽が半分は反射でなんのことか問う前に仁は続ける。
「琴樹とさ、付き合うことになったんだろ? おめでとうってのはオレから言うのは違うかもだけど、まぁ、受け取っといてくれ。おめでとう」
電車の座席に落ち着いてすぐのことだ。
「えーと、あ、ありがと。うん」
「なになに、わたしらも言った方がいい? 幕張に、になるけど」
「いい、いい。てか、あー……聞いてくれ。……俺と優芽、昨日の、肝試しの時にな……付き合うことになりました、以上」
琴樹は頭を下げて恥ずかしさを誤魔化す。色々、本当に色々とあった、してもらった、その上でのこの現実だ。
「感謝してる。むしろ俺が言いたい」
それは流石に、下を向いては伝えない。
「ありがとう。ここに居る全員、居ない人も、みんなに感謝してる。たぶん……間違いなく、俺だけじゃ、こうはならなかった。ありがとう」
数瞬の沈黙の後、小夜がまず肩を竦めた。
「重くない?」
「そうだね。そんな畏まって言われても、ね。私たちは勝手にやきもきしてただけだし」
「ね。文が言う通りだよ。てか、学生の恋愛ってもっと気楽にするものでしょ……普通は」
「普通はね」
優芽が答えた。琴樹ではなく。
「普通は、やっぱり、こんなに畏まって、固いこと言わないものだと思う。でも、うん、私も言いたいかな。ありがとう。私……琴樹と……え、なんだろ、付き合います? みたいな? なんか変だよね、付き合いますは」
「なーんでそれをこっち見て言うかねぇチミ。まったくもう。優芽……幕張、おめでと。よかった。よかったよ、二人がちゃんと、付き合うことになって……よかった」
「ああ……ありがとう、篠原」
「それで? チミたちはいつまで手を握り合っちゃってるわけだい?」
希美の指摘に「え?」は二つ重なった。
並んで座ったのはそうしたから。
互いの手を握り合っているのは、いつからそうしていたのか記憶になかった。
「まったくもう、ですなぁ」
希美の苦笑は車内アナウンスに溶けて消えた。
地元に帰ってきたのは夕方になってからだった。駅を出ると同時くらいに夕焼けとお別れだ。
時間的にはまだ遊べる。とはいえ流石に疲労が色濃いからということで解散の運びになり、そうして琴樹と優芽は四人と手を振り合って二人きりになる。
琴樹の「行こうか」に優芽は「うん」と答えた。
随分と、違って感じる。街の様子。滲む夜の色。見慣れたカフェの看板が、ビルの間の空が、隣を歩く人のことが、隣を歩く人に、抱く想いの深さが。
「芽衣ちゃん、喜んでくれるかな」
「絶対喜ぶって」
琴樹はこのあと、白木家の夕食にお邪魔することになっている。帰って来て準備するのは大変、出来合いでは味気ないでしょ、なんて言われてしまえば「それじゃあお言葉に甘えて」おく以外に選択肢はなかった。
お土産の重さと同じ分だけ、芽衣ちゃんに会いたいというのもある。
琴樹はそうしたくなって、優芽の手をとった。