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第115話 どうすりゃいいのかわからない

 冷や水被って冷静になってみると。

 みると。

 みると、徐々に実感ががががが。

「あぁあああ。うぅううう。んあぁあああああ」

「唸ってんなぁ」

 優芽はキッと琴樹を睨み上げた。

「近づかないでっ」

 両手で✕を作って顔も背けて距離もとる。旅館の裏口に戻って直後のことである。

「だめっ。だめだめ、だめなんだから」

「だめならしねぇって」

 急な雨という冷や水かつ邪魔立てがなければもう一歩くらいは勢い余った自信のある琴樹だが、優芽の意思に反してまで踏み込みはしない。……つもりではいる。

 とにかく、そう妙に意識されては折角の修学旅行が台無しだ。琴樹はなるべく平静を装って「なにもしない」と言い募る。

 それはそれで、不満なのが乙女心だが。

「睨むなって。ほら、従業員さんもいるし」

 琴樹が言うように、二人を待ち受けるようなかっこうで佇む人影があった。到着の時にも見た一際年若そうな女性従業員だった。

 外履きのサンダルから館内用のスリッパに履き替えた琴樹と優芽にタオルが差し出される。

「どうぞ、お使いください。体が冷えてましたら温泉の方もよろしければご利用ください」

「ありがとうございます」

 と受け取るわけだが、従業員は本当は雨が降り出しそうだからと宿泊客に声を掛ける役を負っていた。そうして濡れる前に対応する予定で、けれど若い男女の客二人の雰囲気を考慮してこうして待機を選択したのだった。表情の乏しさに反して気配りは達者というのが同僚や上司たちからの評価だったりする。

 そんなことを露とも知らない琴樹と優芽はただ小雨に湿った髪や色の変わった浴衣を拭う。滴るほどでもなかったから数十秒の作業でしかない。

「お受けします」

 差し出された手にタオルを返しても、琴樹も優芽も先程の一部始終を見られていたとは気付かないのだった。


 温泉に浸かろうという気分は一致して、そのためにまずは部屋に戻るわけだが、それが中々どうしてぎこちない。

 二人ともが時折何か言いかけるだけで会話はなく、琴樹は数度首を摩るし優芽に至っては歩き方からもうギクシャクとしてしまっているのだった。

 なんとかエレベーターに乗り込んでも無言、出ても無言。

 あっという間に部屋の前に辿り着き、そこでようやく琴樹は口を開いた。

「優芽」

「な、なに?」

「あー……ちゃんと言って、確認してなかったんだけど……付き合う、てことで、いいんだよな? 彼氏彼女、恋人、として」

「……うん。よ、よろしくお願いします?」

「こ、こちらこそ?」

「……」

「……風呂行こうか!」

「そうだね! 早く行かないとね!」

「あ、じゃあ、えーと、一緒に行くか」

「そ、そうだね。……すぐ、だよね?」

「すぐ、だな。着替え持ったら、すぐ、ここ集合ってことで」

「りょうかいっ。らじゃー。じゃあまたぁあとでっ」

「おう、また、あとで」

 互いに別のドアを後ろ手に閉めて、違う空間に同じ葛藤を抱いた。

 こ、恋人って、どうやんだ(の)!?

 幸いだったのはどちらの部屋にも他に誰もいなかったことだろう。


 どこに行っているかというと琴樹と優芽に先んじている。

 舌と口で大いに楽しんだ後、動いたのだしということで早々に二度目の大浴場を堪能しているというわけだ。

 希美は露天風呂の縁に腰かけて気分よく「ハハハン」と鼻歌を夜風に乗せていた。

「わたしも歌手になろっかなぁ」

「まずなれないでしょ、希美じゃ」

「もうちょい優しさプリーズ?」

「人の夢って書いて儚いのよ」

「ちょうぜつテキトーだし優しくないなー」

 希美のすぐ近くには小夜が肩まで湯に浸かっている。文は対岸。一人静かに過ごしたい時もあるのだった。

「しっかしどうしようかな進路。この修学旅行が終わったらさぁ……もうすぐじゃん? 三学期終わるの。したらなんとっ、三年生だよ、わたしたち。三、年、生」

「おもてなし、みたいにすんな」

「二、年、生、からの三、年、生」

 文は露天からの退避も考え始めている。

「そうだねはいはい。……あと一年。受験もあるし。あっという間なのかなぁ」

「いやいや一年もあるじゃん。ふむ……小夜はバレー部だったよね」

「そだよ。あー、くー、頑張んなきゃなー」

 ぐっと伸びをした小夜はバレーボールは高校までと決めている。大学では続けない。続ける程の理由が見つかりそうになかった。

「希美?」

 なにかしらのリアクションを待っていた小夜は、それがまったく訪れないから希美に視線を向けた。

「ん?」

「や……」

 別に何か言いたいことがあるわけでもなく小夜は瞳を彷徨わせる。

 希美は友人の逡巡を「ああ」と納得したが、目は伏せた。目も。

「ただなんとなく、そういえばバレー部だったなって。がんばれよーバレー、部活。大会、応援しに行ったげよう」

「来んなし」

「男女って同じ会場?」

「マジで来んな」

 それは少し本気の声。

「ごめんごめん冗談だって。でも応援は、行きたいな、だめ?」

 それも、本気の声だった。

「どうせならみんなで来れば」

「いいね! 応援団作っちゃうか!」

「そこまでは求めてないっ」

 とはいえ小夜は希美の大袈裟は拒否しておく。

 過度な期待に応えられるだけの自信はないから。

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