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第112話 往くも戻るも歩くなれば

「ところで人魂ってどのくらい暗いと出るもんなんだろうな」

「んー……とりあえず今は出ない気がするね」

 旅館の庭は整備されている。歩くためにだ。涼んだり風景を楽しんだり。そうして落ち着いた時間を過ごすように万端整えられている。当然、足元に不安がない程度の明かりも、所々に設けられた屋外灯から庭園のほとんどを照らしている。

 冬場の屋外、それも浴衣に羽織なんていう薄着で、なのに寒さは冷えるの二歩手前、涼しいの気持ちよさで体と頭の温度を下げてくれる。

「ねね。琴樹は今、楽しい?」

「今、てのは、今か? この瞬間?」

「ううん。でもそれも気になるかも」

「楽しいとはちょっと違うかな。楽しんでるっていうのは、少し……言葉が違う。もっとこう……穏やかな気分だよ」

 周囲に他に人の姿はない。旅館の外観も少し遠い。広い庭だった。草花は背が低いから死角はほぼないが、宿の窓を過る影ももう性別すら見分けるのは難しい。

 遠くに居る。それがどこからか、なにからかも判然としないが、琴樹はただ、遠くに居るのだという感慨を得た。

「そっか。えへへ。修学旅行は……気に入ってくれた? 楽しい?」

「それなら間違いなく。すげぇ楽しい。あと、あー、嬉しい、な」

 照れ臭さに首を引っ込める。

「すごく嬉しい。別に俺のためとか、そういうことまで思っちゃいないけど……修学旅行だって、そんな呼び方一つで……なんか……胸に来るものがある」

「泣いてたもんね」

「頑張って言葉を選んだんだけどな」

 照れ臭さは気恥ずかしさに昇華し、いよいよ琴樹は優芽のいない左の方に視線を移した。小さな池が見える。揺蕩う水の、透くことに。

「優芽は……優芽の方こそ、楽しいか?」

「楽しいよ? すっごく楽しい。嬉しい。泣かないけどね」

「引っ張るなぁ。いいだろ、泣いたって」

「うん」

 優芽は短く応える。まるきりの本心。泣けばいいと思う。泣ければいいと思う。

 琴樹の横顔を見詰めながら数える。

 一つ。幕張舞。

 二つ。白木芽衣。

 三つ。これには少しだけ、白木優芽がいるはずだ。

 風が吹かないからか音もなく、二人が黙せば静寂が訪れる。薄暗さにとっぷりと身が浸かっていく。

 しばらくは言葉よりも熱を優先した。隣を歩く人から伝わる仄かな温かさを感じながら、琴樹と優芽は祠を目指した。

「それじゃ、撮っちゃおうかなぁ」

「知らない祠とか地蔵とか、安易に縁を繋ぐとよくないらしいぞ」

「うぇ!? マジ?」

 スマホを構えたまま固まった優芽に琴樹は小さめの笑い声で祠の横を指差した。

『ご自由にお撮りください』

「この祠は大丈夫っぽいけどな」

「びっくりさせないでよもう」

 わざわざ看板が立てられるほど撮影されるとは思えない小さな祠だ。変哲もない。専用のライトアップもあるから神聖性は薄れているが、代わりに安心感はある。

「なんの祠なんだろうな」

「あとで訊いてみよっか」

 さっと見回した限り、撮影許可の他に文字は見つけられなかった。ついでに人魂も、気配さえない。

 琴樹も優芽も、なんなら希美にしろ誰にしろ、本当に人魂が見れる、撮れるとは思っていない。信じてすらいない。

「別ルートで戻れば、それでいいよなきっと」

 だから琴樹はいつもの調子でそう言った。あとは戻るだけ。

 気分は良い、頭は冴えながらも雰囲気に麻痺している。心は凪いでいる。

 のんびりと歩いて十五分の片道。帰りはもう少し、時間をかけてもいいと思えている。

「あぁ、星も綺麗だな」

「多すぎてなにがなんだか……」

 多少は学んだ知識も、満天には通じそうになかった。優芽は困惑色の笑みでいくつか目ぼしい輝きを探し結局、どの結び方もそうと確信には至れなかった。

「舞さんは、星が好きだった?」

「わからないなぁ。星座は知ってた。こうやって、今みたいに空を見て、あれとあれがって、そういうことはしてたけど……俺は、ほんとはよく知らないんだ、舞おねえちゃんのこと」

 遠いから、話してしまういい機会だと思った。どこから、なにから、遠いのか、それはやっぱりわからないけれど。

「去年、五月の、ゴールデンウィークのあとからさ、色んなこと考えた。時間はあったから。母さんのこと、兄貴のこと、クソ親父のことも。舞おねえちゃんのこと……。したらさ、なんかじいちゃんのことばっか考えるようになってな。くくっ」

 琴樹はおかしくて喉が鳴る。今振り返ったって、自分で自分を笑ってしまう。

「ああいや、家族ってものに関してはってことで、たぶん一番は……友達だとか、そっちの方がたくさん考えたんだけどな」

 琴樹は庭園を楽しむ。目と鼻で感じる。どこへ視線を向けても手入れの行き届いた草花、石、土。どれもから香る匂い。

「それで、舞おねえちゃんか……舞おねえちゃんのことなぁ、ほんと考えるほどよく知らないんだなって、思い出せないとかじゃなくてさ、知らねぇの、俺。表面的なことはそれなりに知ってるけど、内面とか、学校でとか、まぁ、知るわけないって言えばそれまでなんだけど。部活は知ってたけど委員会は知らなかったし、友達は多いって言ってたけど会ったことはなかったし。好きな人はいたのか? 兄貴とはどうだったのか。泣くこととかも……あったはず、なんだよなぁ」

 道のりはもう半分ほど消化している。

 歩く路の分岐は、きっと未来の選択だ。

「なぁ優芽。少し……もう少しだけ歩いてもいいか」

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