第110話 女の戦い
ゲームコーナーで合流後、琴樹は仁に、優芽は希美と小夜にやたらと勝負を吹っ掛けられて内心に首を傾げた。
「おら、次はあれやんぞ」
「お、おう」
「次じゃ次じゃぁ。ホッケーで勝負っ。エアぁだい!」
「う、うん」
しかもなんだかいつもより手強い。理解の時点で追いつかない琴樹も優芽も負け越すことになったのだった。
事情は文が説明した。そろそろ卓球に行こうという頃合い、人数分の飲み物を買ってきてくれた文に琴樹と優芽は感謝しかない。
「ありがと」
「賭けに負けちゃったからね」
「賭け?」
「二人がいつ来るかって。私はすぐには来ないって予想したんだけどね」
「え、なんで。すぐ来る、すぐ行くって言ってあったよね?」
優芽が確かめる先は琴樹で、答えは明確なのに微妙な濁す雰囲気に優芽は首を傾げる。
「言っては、あったな」
文も本当は、すぐに来てしまうと思っていた。けれどそれでは賭けが成立しないし、きっとこうして、発破をかけることは出来なかったのだ。
「そうなんだけどね。もしかしたら時間かかるかもって思ったの」
「あはは。芽衣がごねたりとか? まぁちょっとごねてたんだけど」
妹の話を屈託ない笑みで話す姉はともかくとして、文の視線をほんの数センチ、避ける人になら、かけられるものもある。
「だから、出来れば遅くなってくれてもよかったよ」
「それはひどくなぁい?」
優芽は笑う。文はもう一度その隣に視線を送る。
ねぇ? 笑う優芽の隣で、笑うに笑えないでいる人?
遅くなってもよかったんだよ?
さり気なく事前に動いておくのが案外と得意だった仁によって卓球にはスムーズに移行できた。ゲームコーナーで遊んでいる最中に一瞬、抜け出して予約をしておいたという仁はさすがに全員、手放しに称えた。
とはいえ他にも利用客はいるからテーブルは一台、ラケットは四本だけだ。
「まずは軽く打ってみるか」
言い出しっぺの仁と、同性だからということで琴樹が向かい合い、ラケットを振り合う。
「うん。無理」
「なんだかんだ言って浦部も男の子だよね」
優芽と小夜が言い合う傍ら、希美は「ひゅー、二人とも……え、本気すぎん?」と茶化す前に気圧された。
「た、卓球部じゃなかったよね?」
文もまた目を丸くする。
コッ、と小気味いい音の後、仁の後ろに球の跳ねる音が連続した。
「ふんっ」
というのは琴樹が体側を見せながらポージングしつつ吐いた挑発である。
「勝利ッ!」
それから両手を掲げて自身の勝ちを主張する。傍から見るととても「うわぁ……」といった有様であった。たった一回のラリーを制しただけでなにやってんのこいつ、と他でもない優芽も思う。
直近、優芽の琴樹評は下降線である。誤差の範疇ではあるが。
「次どうぞ」
琴樹はそう言うが、女子四人はなんとなく立ち上がりにくい。誰がやる、を目と目で押し付け合う。
「まぁじゃあ、わたしが……ちくしょう、いってやるよぅ」
希美には拍手が三つ贈られる。
「こい、優芽」
「私かぁ」
渋々と丸椅子から腰を上げる優芽には拍手はなかった。
琴樹と仁のように白熱することも長くラリーを続けることも出来ないから、途切れ途切れに数回、打ち合って残る二人と交代する。こちらもおおよそ、同じようなレベルだった。
ということで、卓球大会(罰ゲームあり)は男女別に実施されることとなったのだった。
女子は総当たり。五点先取。
「そんじゃ……美少女だらけの卓球大会。ポロリモアルヨ。第一試合、試合開始っ」
「シネぼけっ」
一回戦は文VS小夜。小夜のサーブは仁の顔面を直撃した。
試合としては不測の事態もなく進行し、温泉卓球を文が制した。
「うそ……文だけには絶対勝てると思ってたのに……」
「あまり甘く見ないでね」
ふふん、と勝ち誇る文は次戦、希美にボコボコにされて膝をつくことになる。
それで、希美は二連勝。
一試合目の敗者同士の戦いにも敗れた優芽は文の比ではなく沈む。卓球スペースの隅にちんまり体育座りである。
「バドなら負けないのにぃ」
当たり前だと誰もが心に突っ込んだ。
希美と小夜の試合は女子組のハイライトであった。油断と慢心を捨てた小夜が調子を上げたのだ。優芽を下した自信もある。
「これでっ」
「通さんっ」
たぶんポロリに一番近かったと後日、琴樹と仁は二人だけの感想会で述懐する。
試合は希美が意地を見せた。
最終戦。
誰もが想像しえなかった偶然、エッジボール三連発によってあれよあれよと文が勝利した。
「なんかごめん」
「しょ、勝負だから、仕方ないよ。うぅ」
「泣くな泣くな。いい試合だったぞ、優芽。よくやった。また頑張ろう。来年こそは勝とうな」
来年があるかはわからないし希美の発言はただのノリと勢いである。
「希美っ」
「優芽っ」
手を広げ、ガシリと抱き合う。
そうして女子の部は篠原希美の全勝優勝で幕を閉じた。
罰ゲーム:白木優芽(全敗)
「みなさん、どうもどうも。応援ありがとう! わたしこと篠原希美、優勝しましたぁ!」
「誰に言ってるの?」
「それはもちろん全世界100億人のわたしのファンに決まってる」
100億人には及ばないが、たまたま居合わせた宿泊客や従業員からは拍手を頂戴した希美だった。