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第109話 幼女は遠くないうちに両手に収まらないモノを貰う

 部屋でだらりと過ごしながら思い思いに小用をたしたりスマホを眺めたり、琴樹も仁もあまり口を開かずにいた。

「琴樹ぃ、VODのカード買うかぁ?」

「寝言は寝て言えー」

 会話と言えば精々そんなものだ。何が悲しくて男二人の客室で有料チャンネルを見なければいけないのか。

 仁は変わらずニュースを見ながらもう一つ呟くが、これは独り言の類であった。

「大雨もなしか」

「なんて?」

「なんでもねぇ」

 大雨、風雨、災害でもあって帰るに帰れない。そんなシチュエーションでもあったらおもしろそうだったんだがと二割くらいは本気で思っている。

 呼び鈴が鳴ったのはそんなだらけきった空気感の中にであった。琴樹と仁は顔を見合わせ、互いの顔色に心当たりがないと判断すると琴樹が立ち上がる。

「なんだろな」

 ルームサービスみたいなものは頼んでいないし、何か何にせよ落としてきたとも思わない。部屋が特定出来るようなものなら猶の事。

 旅館ということもあって訪問者への警戒薄くドアを開け、そこにいたのは優芽だった。し、他の三人も後ろに控えている。

 一瞬、また時間を忘れていたのかと焦り、いやいやつい今し方見た時計でもあと五分は猶予があったはずだと思い直す。

「どうした? なにかあったか?」

 言いながらそう大した用ではなさそうと思う。優芽をはじめ、誰の表情にも危機感みたいな色はない。

「あはは……これ」

 どれ? と思う間もなく、目の前に掲げられたスマホの画面にすべて理解する。

『おぉー、おにいちゃんだ! こときおにいちゃん! こんばんは!』


「お邪魔しまーす」

 優芽の声は遠慮がちだ。似た声音なのが文で、希美と小夜はまるで近しくない。

「お邪魔しまっす!」

「しつれー」

 突然の来訪者たちに驚いたのは仁だ。

「遅刻!?」

 琴樹と同じ発想を、琴樹と違って声にも態度にも露にする。

「いやいやいやしてないしてない。大丈夫だな。え……どうしたおまえら」

「……そのまえにさ、その手に持ってるものどうにかしてくんない?」

 畳に肩肘ついていた仁は即座に居住まいを正したものの、手にしていたものの処遇までは頭が回らなかったのだった。

「手……とぅわぁ!? だははっ、これは、あれだ、偶然……いやぁ、目についちゃいけないと思ってな? いま片付けようとしてたんだよ。丁度」

「はー……流してあげる」

 どんなチャンネルが、番組があるかなんて確認しなければなかったはずの事故だった。

 片手を腰に当てた小夜が仁を見下ろすのをやめて、希美や文同様に室内の様子を見回す。

「うちらの部屋と変わんないね」

「だぁねぇ。お、和菓子残ってんじゃーん、いただきー」

「それこと……まいいや」

 知らぬところで自分の取り分が一つ減った琴樹であるが、こちらはこちらで部屋の入り口で優芽と話している。正確には優芽のスマホと。

「そうだよ、楽しみにしてて。な、優芽」

「うん。小っちゃいのだけどね」

 昼間の内に白木優芽の自宅に発送済みの熊さん(木製)は来週に届く手筈になっている。

 デフォルメのクマさんから発展して、リアルの熊さんも芽衣のお気に入りなのだった。ただし口を開いていなければ。

『くまさんっ。やったぁ! めい、たのしみですっ!』

 自宅のリビングのテーブル上に身を乗り出すから、琴樹と優芽からはかわいい顔が大写しになった。

「あぁ、そういうこと」

「そゆことーってねー。ほれほれ立て浦部、立つんだっ」

「うおぉおおお」

「小芝居挟まないと死ぬの? あんたら」

「かもしれん」

「だっる」

「小夜って、だいぶ口悪くなってきてるよね」

「え……やば、文それほんと?」

 こくりと首肯を貰ってしまった小夜は「このグループの空気のせいだ……」と嘆く。

「だってよ、篠原」

「だって、浦部」

 どっちもどっちだろうなぁ、と思う文も、もちろん他人事ではない。


 緊急連絡に対応しなければいけない二人を残し、当初の予定通りゲームコーナーに足を運ぶ。

 部屋を去り際には「すぐ行く」とは聞いているが、別にすぐ来る必要はないと仁も小夜も文も希美も思っている。

「でもどうせすぐ来るに一票」

「すぐ来るに三千万円」

「すぐ来るに文の魂を賭けるっ!」

「は?」

「自分の魂を賭けるっ!」

「なら私は、すぐ来ないにジュース一本、賭けておこうかな」

「オレもそれで。ジュース一本賭けで」

 なんにもならない一票を言い出した仁は改めて宣言しておいた。

 修学旅行(with幕張琴樹バージョン)には努力目標がある。

「来なきゃいいんだけどなぁ」

 仁の小声はすぐ傍にいた小夜だけが「ね」と拾った。


 ちなみに努力目標の存在は四人の協定であって、スマホの小さな画面を前に顔を寄せ合う二人には秘匿されている。

『めいもゆかたがいい。ままぁ! めいもゆかたぁ!』

 画面外から『お姉ちゃん帰って来てからにしましょうね』なんて聞こえてくる。

 芽衣の辛抱が足りずに行われることになったビデオ通話が長くはならなかったのも、画面外の人物に因る。

『はい。それじゃおしまい』

『やだっ、めいもっとおはなしするっ』

『だめよー。優芽、それと幕張君、お邪魔したわね』

 ほんの十分で涙を浮かべながら消える妹の姿に姉の優芽は笑顔を浮かべればいいのか神妙にすればいいのか、迷う心がそのまま顔にも出ていた。

 琴樹はといえば顎に指を添えて考え事だ。

 数瞬の余韻の後にスマホを胸元に寄せた優芽が琴樹を見上げる。

「どうしたの?」

「ちょっとな」

 返ってきた声があんまり真剣だから優芽は目を瞬かせた。

「え、なに? なにか……気付いたとか?」

「気付いた、とは少し違うな。もっと……根本的な問題だ」

「根本的な……問題」

 なんだろう、なにがあったのだろう。優芽は不安が過ぎるのを感じながら少しの間、琴樹の言葉を待った。

「金が足りない」

「お金?」

「ああ。芽衣ちゃんへのお土産に使える金が……足りないっ」

 琴樹は、くっ、と顔を顰める。

 お菓子系をあれとあれとあれとあれとあれ。

 名産の小物をあれとあれとあれとあれ。

「む、無理だ……俺の財布では……くそっ」

 畳に拳を叩きつける琴樹は放っておこうと優芽は思った。

 お土産、なら、相手は妹ばかりではない。涼をはじめ来られなかった、或いは色んな事情から誘っていない友人たち。部活の仲間。それともちろん、両親、祖父母。

 対象が多いから一人頭は安くなるけど、それはもうどうしようもない。

 それよりも、少し気になることがある。優芽はまだ半分おふざけモードの琴樹を見遣った。

 琴樹は他に、誰にお土産を買うのだろう。

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